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Keiichi HayashiK1884 MY FAVORITE THINGS M.F.T. Movies

映画とフォーマット

同じ映画でも、何で撮られ、何で映されるかで別物になる。撮影と上映という独立した二つの層から、フォーマットの歴史・技術・演出・そして今夜どこで観るかまでを一続きに辿る。

01

フォーマットとは何か

同じ一本の映画が、撮られた規格と映される設備の組み合わせによって別物になる——その二層構造を解きほぐし、フォーマットを構成する6つの次元を定義する。

1-1 定義 ── 「何で撮り、何で映すか」という2つの問い

「この映画はIMAXで観るべきだ」という一文は、日常的な映画の話し方としてはまったく自然に聞こえる。しかし、この一文が実際に何を指しているのかを詰めていくと、たちまち収拾がつかなくなる。IMAXで撮られたのか。IMAXで公開されるのか。IMAXの劇場で観るのか。そしてその「IMAXの劇場」は、どのIMAXなのか。

この混乱は、話し手が不正確だから起きるのではない。「IMAX」という一語のなかに、性質のまったく違う二つのものが同居しているから起きる。ひとつは撮影規格である。IMAXカメラは、65mm幅のフィルムを横方向に走らせ、1コマにパーフォレーション(送り穴)15個分を使う。これが 15perf 65mm、いわゆる 15/70 と呼ばれるものだ。フレームの実面積はおよそ52mm×70mm、通常の35mmフレームの約9倍にあたり、アスペクト比は 1.43:1 になる。これは物理的な事実であり、フィルムを手に取れば確かめられる。

もうひとつは上映ブランドである。IMAX社が劇場設備を認証し、そのロゴを掲げることを許す——という商標上の取り決めだ。こちらは物理ではなく契約である。そして厄介なことに、同じロゴの下にある実体は一つではない。IMAXの上映方式には少なくとも、15/70フィルム映写機、GT構成のデュアルレーザー(4Kプロジェクター2台)、シングルレーザー、そしてキセノン光源の改造2K DLPプロジェクター2台構成、という複数の世代が混在している。しかも、そのうち 1.43:1 という縦に長いIMAX本来の画面比を出せるのは、15/70フィルムとIMAXドーム、そしてGT構成のデュアルレーザーだけで、残りは 1.90:1 どまりである。

撮影規格としての IMAX ── 物理 65mm フィルム 横方向に走らせる 1コマ 15perf いわゆる 15/70 約 52×70mm 35mm の約9倍 1.43:1 撮影時の画面比 上映ブランドとしての IMAX ── 契約 IMAX 社の認証 劇場設備 ロゴの掲出 商標上の取り決め 4方式が混在 フィルム〜キセノン 画面比は各様 1.43:1 か 1.90:1
同じ「IMAX」という一語が、上のレーンでは物理を、下のレーンでは契約を指している。下のレーンのどこにも、上のレーンの 15perf 65mm を保証する箱はない。両者をつなぐ矢印が存在しないことが、この節の要点である。

数字を並べると、この非対称は劇的になる。IMAX社自身が実際にサポートしている 15/70 フィルム上映館は、2025年12月31日時点で世界に52館しかない。一方、キセノン光源のデジタルIMAX——インターネット上で「LieMAX」と揶揄されてきた方式——は同じ時点で1,089館あり、IMAX設置館の圧倒的多数を占めている。つまり「IMAXで観た」と言うとき、統計的には、あなたはほぼ確実にフィルムIMAXを観ていない。

15/70 フィルム上映館 IMAX社がサポート 52 館 キセノン光源のIMAX デジタル・通称 LieMAX 1,089 館
どちらも 2025年12月31日時点、同じ IMAX のロゴを掲げている館の数である。数の上では、フィルム上映館のほうが例外にあたる。

さらに決定的なのは、IMAXが「IMAXで撮られていない映画」をIMAXで上映するための仕組みを、正式な製品として持っていることだ。DMR(Digital Media Remastering, デジタル・メディア・リマスタリング)と呼ばれるこの工程は、IMAX社自身の説明によれば「IMAXカメラで撮影されていない映画であっても、IMAXのフォーマットでの上映に向けて画と音の両方を高める」ものである。言い換えれば、IMAX上映であるという事実は、その映画が何で撮られたかについて何ひとつ保証しない。

ここから、本稿全体で一貫して使う区別を立てておきたい。

撮影フォーマット capture format

カメラ側の規格。フィルムの幅(ゲージ)とパーフォレーション数、あるいはセンサーの寸法と画素数、記録される色深度、そして装着されるレンズの光学系。撮影された瞬間に確定し、あとから増やすことのできない情報の総量を決める層。

上映フォーマット presentation format

劇場側の規格。映写機の方式(フィルム映写機か、DLPか、レーザー光源か)、スクリーンの寸法・形状・ゲイン、輝度とコントラスト、そしてスピーカーの本数と配置。観客の網膜と鼓膜に実際に届く物理量を決める層。

フォーマット・ブランド format brand

IMAX、Dolby Cinema、4DX、ScreenX といった商標。技術仕様の集合に商業的な名前を与えたもので、多くの場合、複数世代・複数グレードの実体を一つの名前の下に束ねている。ブランド名は上映フォーマットの一部を示唆するが、それを一意には決めない。

日本語の映画の話では、この三つが「フォーマット」という一語で呼ばれてしまう。「70mm」と言えばフィルムの幅(上映側の物理)を指し、「シネスコ」と言えばアスペクト比を指し、「Dolby Cinema」と言えばブランドを指し、「DCP」と言えばデータの容れ物を指す。どれも間違いではないが、抽象度の階層がばらばらなまま並んでいる。この記事の最初の仕事は、その階層を分けることだ。

1-2 撮影レイヤーと上映レイヤーの2段構造

先の区別を、もう少し構造的に置き直そう。映画が観客に届くまでの経路は、独立に設定できる二つの層に分けられる。

撮影レイヤーは、カメラ本体、感光材料またはセンサー、そしてレンズからなる。ここで決まるのは、フレームあたりの情報量(ネガ面積または画素数)、撮影時のアスペクト比、コマ数、露光時間、そして光学的な描写の癖である。この層の性質は、撮影が終わった時点で凍結する。後工程でトリミングして狭くすることはできるが、撮られなかった画角を後から生やすことはできないし、記録されなかった階調を後から拾うこともできない。

上映レイヤーは、映写機、スクリーン、そして音響設備からなる。ここで決まるのは、実際に眼に届く輝度と色域とコントラスト、視野に占めるスクリーンの角度、そして音の到達方向と最大音圧である。この層は、作品が完成したあとに、劇場ごとに、上映回ごとに変わる。同じ作品でも、渋谷の劇場と池袋の劇場では、届く物理量が違う。

撮影レイヤー カメラ/フィルム・センサー/レンズ 撮影終了で凍結 狭くはできる/広げられない 上映レイヤー 映写機・スクリーン・音響設備 上映回ごとに変わる 届く物理量が劇場ごとに違う
上下に積んであるが、上下関係ではない。二つの層は別々の判断で選ばれ、どんな組み合わせも起こりうる。違うのは時間の性質のほうで、上の層は撮影が終わった時点で凍結し、下の層は劇場ごと・上映回ごとに変わる。

重要なのは、この二層が原理的に独立しているということだ。どんな組み合わせもありうる。大きく撮って小さく映すこともできるし、小さく撮って大きく映すこともできる。以下の表は、代表的な撮影フォーマットと上映フォーマットの交点で実際に何が起きるかを、実例のある組み合わせに限って整理したものである。

撮影 \ 上映IMAX 15/70 フィルム70mm(5perf)フィルム35mm フィルムIMAX デジタル通常の DCP
15perf 65mm(IMAXカメラ)完全一致。コンタクトプリントで 1.43:1光学縮小+上下トリミングで 2.20:1 に光学縮小。アナモフィックで 2.35:1 に8Kスキャン→4K、1.90:1(GT館のみ 1.43:1)8Kスキャン→4K、2.20:1
5perf 65mm上下に余白、または拡大完全一致。2.20:1光学縮小スキャンして再グレーディングスキャンして 2K/4K DCP
Ultra Panavision 70(65mm+1.25倍スクイーズ)専用レンズで伸長、2.76:1縮小プリント2.76:1 の DCP
VistaVision(8perf 横送り 35mm)光学変換して 70mm プリント縮小プリントスキャンして DCP
デジタル撮影(2K〜8K)事実上なしフィルムレコーディングフィルムレコーディングDMR で変換(1.90:1)完全一致

この表で目を引くのは、対角線から外れたセルの多さである。「完全一致」——撮影フォーマットの情報がそのままの形で上映フォーマットに載る組み合わせ——は、実は例外的にしか成立しない。ほとんどの上映は、拡大か、縮小か、トリミングか、スキャンか、あるいはその複合を経ている。

そして最下段右端、デジタル撮影素材がDMRを経てIMAXデジタルで上映される、という経路が、今日の「IMAX公開」の主流である。ここでは撮影レイヤーは 1.90:1 の画角を持っていないのに、上映レイヤーが 1.90:1 で映す。撮影時にIMAX用の画角を意識して構図を作っている作品もあれば、そうでない作品もある。ロゴは同じである。

1-3 パイプラインの一致と不一致

二層構造がもっとも露骨に可視化されたのが、『オッペンハイマー』(Oppenheimer, 2023) の公開である。この作品は、単一の完成形を持たなかった。同じネガから、少なくとも5種類の異なる上映形態が作られ、それぞれが違う画角・違う解像度・違う色で観客に届いた。

まず撮影レイヤー。ホイテ・ヴァン・ホイテマは IMAX MSM 9802 の MKIII と MKIV、そして Panavision Panaflex System 65 Studio を併用している。IMAXカメラは動作音が大きく、後処理のADR(追加録音)なしには俳優の台詞を録るのがほぼ不可能なため、台詞主体の場面は 5perf 65mm の Panaflex で撮られた。つまり撮影の時点ですでに、15perf と 5perf という二つの規格が混在している。フィルムは Kodak VISION3 の 250D 5207 と 500T 5219 を照明条件で使い分け、モノクロ部分のためには存在しなかった 65mm の DOUBLE-X 5222 をコダックに新規製造させた。この乳剤を通すために、カメラのプレッシャープレート(フィルムを平面に保つ押さえ板)を物理的に調整する必要があったという。

ここから先が、パイプラインの分岐点である。

光化学の経路 ── IMAX 70mm 65mm ネガ 15perf + 5perf 光化学で調色 DI を通さない コンタクトプリント レンズを介さない IMAX 70mm 上映 1.43:1 と 2.20:1 変換の経路 ── IMAXデジタル・DCP・35mm 同じネガ 光化学で調色済み 8K スキャン ここで画がデジタルになる 4K に縮小 投影方式ごとに再調整 解像度が落ちる 各方式で上映 1.90/2.20/2.35 上下が失われる
同じネガから出発した二つの経路。上は一度もデジタルを経由せず、下は8Kスキャンの箱で画がデジタルに変わる。箱の下の小さな文字が、その工程で落ちるものである。上の経路が届いたのはプリント約30本と52館、下の経路はほぼすべてのスクリーンだった。

IMAX 70mm(完全一致の経路)

カラーグレーディングを光化学的に行う。 デジタル中間工程(DI)を通さず、FotoKem のカラータイマー、クリステン・ツィマーマンの手で焼き付けの露光を調整する。

コンタクトプリントで複製する。 ネガと生フィルムを密着させて焼く。レンズを介さないため、光学的な損失が原理的に最小になる。ヴァン・ホイテマはこの経路について「カメラで捉えたものをコンタクトプリントにすれば、そのショットに関しては18Kの解像度がまるごと保たれる」と述べている。

上映は 1.43:1 と 2.20:1 を行き来する。 15perf で撮られた場面では画面が上下に開き、5perf の場面では横長に戻る。マスキングが上映中に動く。

しかし届く範囲は極端に狭い。 『オッペンハイマー』のIMAX 70mmプリントは約30本。世界で 15/70 を上映できる館は52館である。

通常デジタル上映(変換の経路)

光化学的にグレーディングされたフィルム素材を8Kでスキャンする。 ここで初めて画がデジタルになる。

4K に縮小し、投影方式ごとに再調整する。 IMAXデジタル版は高コントラストのデュアルプロジェクターに合わせて別途グレーディングされ、通常DCP版はデジタルプロジェクターの色とコントラストに合わせて追い込まれる。同じ素材から、投影機に最適化された二つの別の画が作られる。

画角が切り落とされる。 IMAXデジタルは 1.90:1、通常のDCPは 2.20:1、35mmアナモフィックは 2.35:1。15perf の 1.43:1 で撮られた画は、どの経路でも上下が失われる。

しかしこれが大多数の観客が観たものである。 通常70mmプリントが113本、35mmが約80本、そしてDCPは世界中のほぼすべてのスクリーンに届いた。

同じネガから出発して、片方は「情報を一切デジタル化せずに運ぶ」ことを最優先し、もう片方は「あらゆる劇場で再生できる」ことを最優先している。どちらも妥協ではなく、それぞれの目的に対する最適解である。だが、観客が受け取る体験としては別物になる。上下に3割近く画が違い、輝度が違い、粒子の見え方が違う。同じ作品を観たという言い方は、この場合、かなり乱暴な省略になる。

『オッペンハイマー』本予告(配給・ビターズ・エンド)。この予告はどこで再生しても一つの画角に収まっているが、劇場では同じネガから 1.43:1・1.90:1・2.20:1・2.35:1 が別々に作られた。どの経路で観たかによって、上下に3割近く違うものを観ていることになる。

逆方向の不一致も見ておきたい。『ブルータリスト』(The Brutalist, 2024) は VistaVision で撮影されている。8パーフォレーションのフィルムを横方向に走らせる 35mm の規格で、1950年代にパラマウントが開発し、ヒッチコックが『めまい』で使ったあの方式だ。撮影監督ロル・クローリーによれば、英語圏の長編でVistaVision撮影が行われたのは、1961年のマーロン・ブランド監督『片目のジャック』以来だという。使われたカメラ本体はロンドン由来の1970年代製の個体で、ビューファインダーが周辺で減光するなど、技術的な難所を抱えていた。

重要なのは、この作品の70mm上映が、撮影とは別の、後から下された決定だったということである。クローリーは、監督のブラディ・コルベットから「70mmプリントを作りたい」と連絡があった、と語っている。撮影フォーマットは 35mm 幅であり、上映フォーマットは 70mm 幅である。上映のほうが物理的に「大きい」。そしてこの決定が下されたあと、カラーグレーディングはフィルムプリントでの上映を前提に、フィルムエミュレーションLUTを当てながら行われた。上映レイヤーの決定が、後工程を通じて画づくりそのものを規定したのである。A24 は DCP に加えて 35mm と 70mm のプリントを展開した。完成した70mmプリントは全長約4マイル、重量約270ポンドに達したという。

『ブルータリスト』── 上映の決定があとから画づくりを規定する VistaVision 8perf 横送り 35mm 70mm 上映を決定 撮影後の判断 グレーディング フィルムLUTを当てる 70mm プリント 約4マイル・約270ポンド
『オッペンハイマー』とは逆向きの不一致。撮影は 35mm 幅、上映は 70mm 幅で、上映のほうが物理的に大きい。青い箱の決定が撮影より後に下され、その決定がグレーディングのやり方まで遡って規定した。

1-4 フォーマットを構成する6つの次元

では、撮影フォーマットと上映フォーマットは、それぞれ何によって記述されるのか。本稿では、以下の6つの次元を使う。この6つはどれも、撮影レイヤーと上映レイヤーの両方で独立に値を取りうる——ここが肝心なところだ。

露光時間
1/48秒
24fps・シャッター角180° のとき
フレーム面積
約9倍
IMAX 15/70 ÷ 標準35mm
2D上映の実測輝度
14 fL
規格値16 fL に対する実際値
15/70上映館
52館
世界・2025年12月31日時点

第1の次元 ── 解像度

フレーム1コマが保持できる情報の総量。デジタルでは画素数で数える。DCI(Digital Cinema Initiatives)の規格では、コンテナ解像度は 2K が 2048×1080、4K が 4096×2160 と定義され、色は12ビットの X’Y’Z’、クロマサブサンプリング(色情報の間引き)は禁止されている。フィルムの場合、事情はもっと厄介になる。銀塩の粒子はランダムに分布しているので、画素のように数えられない。「35mmは約6K相当」「IMAX 15/70は18K相当」といった言い方はすべて換算であり、換算のしかたによって値が変わる。数字そのものよりも、面積の比のほうが直感的に信頼できる。3章で詳述する。

第2の次元 ── アスペクト比

画面の横縦比。1.43:1(IMAX)、1.85:1(ビスタ)、1.90:1(IMAXデジタル)、2.20:1(70mm)、2.35:1/2.39:1(シネマスコープ)、2.76:1(Ultra Panavision 70)。この次元がとりわけ厄介なのは、撮影時の比と上映時の比が一致しない場合がきわめて多いからである。『オッペンハイマー』の 1.43:1 が上映経路によって 1.90:1、2.20:1、2.35:1 に切り落とされたのは、その典型だ。アスペクト比は構図の設計そのものなので、この切り落としは単なる面積の損失ではなく、演出の改変になる。IMAXの上映階層と画角の関係は 4-1 で詳述する。

1.43:1 IMAX 15/70 1.90:1 IMAXデジタル 2.20:1 通常デジタル 2.35:1 35mmアナモ
『オッペンハイマー』が上映経路によってどう切り落とされたか。横幅を揃えて重ねてある。いちばん外側の 1.43:1 が撮影時の画で、内側にいくほど上下が失われる。すべて同じ作品の、同じショットである。

第3の次元 ── フレームレート

1秒を何枚のコマに刻むか。24fps は物理法則から演繹された数値ではなく、産業史的な偶然に近い。ある調査によれば、毎分90フィート(=24fps)という速度は1926年に Western Electric が選んだもので、その理由は「全米の劇場で実際に上映されていた平均速度がそれだった」ことにある。Fox-Case Corporation の技術部長アール・スポナブルが1927年9月にSMPE(映画技術者協会)へ提出した報告では、ニューヨークの劇場の「現行の通常速度は毎分105フィート」(およそ28fps)とされ、日曜には上映回数を1回増やすために毎分120フィート(およそ32fps)で回されることも多かったという。24fps は、ばらついていた実態の平均を丸めた妥協点だった。

その後も逸脱は繰り返し起きている。シネラマは26fps、Todd-AO は当初30fpsで上映された。近年では『ホビット』の48fps、『ジェミニマン』の120fps がある。ただしDCI規格が必須としているフレームレートは 24.000 Hz のみで、48.000 Hz は 2K 映像に限った任意対応にすぎない。HFR(高フレームレート)が規格の本体ではなく拡張として扱われてきたことは、この技術の位置づけをよく表している。3-8 と 4-7 で詳述する。

第4の次元 ── シャッター角

そして、この記事がフレームレートと明確に切り離して扱いたいのが、シャッター角(shutter angle, シャッター開角度)である。

フィルムカメラのシャッターは、回転する円板の一部を切り欠いたものだ。円板が1回転するあいだにフィルムは1コマ進み、切り欠きが通過する角度のぶんだけ光が当たる。切り欠きが180度なら、1回転の半分の時間だけ露光される。24fps なら1コマの周期は1/24秒だから、露光時間は 1/48 秒になる。REDの解説はこれを「シャッター角とは、フレームレートに対する相対的なシャッター速度を記述する便利な方法である」と定義している。

ここで、フレームレートとシャッター角がしている仕事はまったく違う。

フレームレートは、時間の分解能を決める。 1秒という連続した出来事を、何個の標本に刻むか。刻みが粗ければ、コマとコマのあいだで被写体は大きく飛ぶ。

シャッター角は、コマとコマのあいだの動きを、そのコマにどれだけ溜め込むかを決める。 360度なら、コマ間の動きが取りこぼしなく全部そのコマの中に流れとして記録される。180度なら半分、45度なら8分の1だけが記録され、残りは捨てられる。REDの言葉を借りれば「被写体をコマ間の移動量のうちより大きな割合だけブラすことを望むなら、より大きなシャッター角を選ぶ」ということになる。

この違いは、実作で明確な効果として現れる。ヤヌス・カミンスキーは『プライベート・ライアン』(Saving Private Ryan, 1998) の多くの場面をシャッター角45度または90度で撮影した。24fps・45度なら露光時間は 1/192 秒である。カミンスキーは American Cinematographer に対し、45度シャッターは爆発シーンでとくに効果的で、「砂が空中に吹き飛ばされるとき、一粒一粒、ほとんど砂粒のひとつひとつが落ちてくるのが見える」ようになったと語っている。フレームレートは標準の24fpsのままである。変えたのはシャッター角だけだ。それだけで、あの戦闘場面の、痙攣するような硬さが生まれた。

逆に、120fps で撮ってシャッター角を360度に開けば、1コマあたりの露光時間は 1/120 秒になる。24fps・180度の 1/48 秒に比べれば絶対的なブラーの長さは短いが、コマとコマのあいだに切れ目がなく、動きは連続する。ブラーは消えていない。「高フレームレートにすればブラーがなくなる」という言い方は、この二つの次元を混同している。

第5の次元 ── 色域と輝度

同じデータでも、どれだけ明るく、どれだけ広い色で投影されるかで見え方は変わる。SMPTE が定めた劇場映写輝度の標準は16フート・ランバート(fL)だが、これは映写機に素材を通さない状態での値であり、実際の2D上映では光学系の損失により約14 fL に落ち着く。これに対して Dolby Cinema の Dolby Vision 映写は、2Dで最大31 fL(およそ106〜108ニト)を出す。Dolby と共同開発した Christie の 4K レーザー映写ヘッド2台を積層する構成による。コントラストについては Dolby 側が1,000,000対1を掲げており、これは Digital Cinema の一般的な目安である2,000〜2,500対1 とは桁が違う。ただし Christie の公式発表そのものは「市場のいかなる映像技術をも凌ぐ」と述べるにとどまり、数値は記していない点は付記しておく。

3D になると、この次元は容赦なく効いてくる。左右の眼に光を振り分けるだけで輝度は原理的に半減し、14 fL の像は7 fL になる。眼鏡による追加損失を含めると、典型的な3Dシステムは2Dに対して最大80パーセント以上の光を失い、2〜3 fL まで落ちることがある。RealD の開発者レニー・リプトンによれば、光量を稼ぐ工夫をした『アバター』でさえ、実際の上映輝度は約4.5 fL だった。3Dが「暗い」と言われ続けたのは、感想ではなく物理である。4章で詳述する。

第6の次元 ── 音響

そして音。この次元は、ワイドスクリーンの歴史とほぼ同時に始まっている。シネラマは7本のサウンドトラックを持ち、うち5チャンネルをスクリーン背後に、6・7チャンネルを客席のスピーカーに割り当てた。シネマスコープの立体音響はスクリーン背後3チャンネル+サラウンド1チャンネルで、のちに4本の磁気ストライプに載せられた。Todd-AO は6トラックの磁気サウンドトラックを持っていた。

現代の Dolby Atmos(2012年ローンチ、米国映画芸術科学アカデミーの科学技術賞を受賞している)が興味深いのは、劇場側の仕様がもはやチャンネル数で規定されていないことだ。Dolby の公式仕様書によれば、上映側のスピーカー配置は左サイド/右サイド/左リア/右リア/左トップ/右トップという6つのゾーンと、その中のリージョンによって定義される。要求されるのは物理量である——スクリーンスピーカーは基準聴取位置(後壁までの距離の3分の2の点)で105 dB連続SPLの最大出力能力を持つこと、LFE用サブウーファーは31.5〜120 Hz でフラットかつフルレンジのスクリーンチャンネルに対して+10 dB のインバンドゲインを出せること、といったぐあいに。Dolby Cinema の設置例では、10のベッドチャンネルと128のオブジェクトが64本のスピーカーを通じて再生される。一方 IMAX は、フィルム/キセノン系が6チャンネル、2015年の IMAX with Laser 以降のレーザー機が12チャンネルと、世代によって異なる。4章で詳述する。

1-5 本稿の構成案内

以降の章は、いま立てた二層構造と6次元の上を進む。

**2章「フォーマットの歴史」**は、産業史として読める。ワイドスクリーンもステレオ音響も大判フィルムも、美学的な要請からではなく、テレビとの競合や興行の都合から生まれた。24fps がなぜ24なのか、シネラマがなぜ3台の映写機を使ったのか、といった問いは、技術の問題であると同時に経営の問題である。

**3章「撮影フォーマット詳説」**が撮影レイヤーを、**4章「上映フォーマット詳説」**が上映レイヤーを担当する。表の縦軸と横軸に、それぞれ一章ずつ充てるかたちになる。

**5章「監督とフォーマット」**は、これらの選択が演出判断であることを、個々の作家の仕事を通じて示す。ノーラン、タランティーノ、スピルバーグ、コルベット——彼らはそれぞれ違う理由で違う次元を動かしている。

**6章「東京(+大阪)の対応映画館ガイド」**は実践編である。ここまでの議論は、結局のところ、どのチケットを買うかという一点に落ちる。

そして本編の合間に6本のコラムを挟む。本筋から外れるが、外せない話題を置く場所として使う。

本稿の構成 2章 歴史 産業史として 3章 撮影側 表の縦軸 4章 上映側 表の横軸 5章 作家 演出判断として 6章 劇場 東京+大阪
以降の進みかた。3章と4章は、1-2 の表の縦軸と横軸にそれぞれ一章ずつ充てたものである。この矢印の合間に、6本のコラムが挟まる。

出典

02

フォーマットの歴史

新しいフォーマットはいつも、映画館が客を失いかけたときに生まれてきた。

映画のフォーマットの歴史は、光学と化学の進歩史として書くこともできる。だがそう書くと、いちばん肝心なことが抜け落ちる。すなわち、新しいフォーマットはほとんどの場合、技術者が「より良い像」を思いついたから生まれたのではない、ということだ。それは、興行が金を失いかけたときに生まれている。シネラマも CinemaScope も 70mm ロードショーも、テレビに客を奪われた1950年代のハリウッドが、家庭では絶対に再現できないものを売るために持ち出した商品だった。デジタル映写が普及したのは画質が良かったからではなく、3D の追加料金という新しい現金の流れができたからだった。

だからこの章では、技術を常にその裏側の経済に接続して読む。誰が、どんな圧力の下で、何から逃げるために、その規格を作ったのか。フォーマットは中立な入れ物ではなく、そのつど誰かの投資判断の産物である。そして映画館の設備投資は一度決まると十年、二十年と居座るから、その判断は作品の見え方を長く縛り続ける。

標準の成立

1891 — 1932
1891–95
エジソン/ディクソンの Kinetoscope が35mm幅・片側4パーフォレーションを事実上の基準にし、リュミエールのシネマトグラフが別方式で対抗する。
1927
サイレント末期の映写速度は劇場ごとに可変。日曜には回転数を上げて上映回数を稼いだ。
1932
光学サウンドトラックに合わせてアカデミー比率 1.37:1 が定まる。

テレビ対抗

1952 — 1959
1952.09.30
『This Is Cinerama』がニューヨークのブロードウェイ劇場で開幕。35mm3台の同時映写。
1952.11
『ブワナの悪魔』が3Dブーム第1波の口火を切る。1954年初頭には終息。
1953.09.16
CinemaScope 第1作『聖衣』公開。安価な改装で導入でき、2年で1万3,500館へ。

70mmロードショー

1955 — 1970
1955.10.13
Todd-AO 第1作『オクラホマ!』がリヴォリ劇場で世界初公開。劇場側は35万ドルを改装に投じた。
1962
『アラビアのロレンス』。Super Panavision 70 による超大作路線。
1968.04.02
『2001年宇宙の旅』が指定席ロードショーで開幕。序曲と幕間を伴う「イベント」としての映画。

IMAXの博物館時代

1967 — 2001
1970
大阪万博・富士グループパビリオンで『Tiger Child』上映。世界初の IMAX 作品。
1971.05.22
トロントの Cinesphere が世界初の常設 IMAX 館として開館。
1970s–90s
IMAX は科学館・博物館のフォーマットとして、商業映画の外側で30年を過ごす。

デジタル化の二重革命

1999 — 2014
1999.06.18
『ファントム・メナス』が4館でデジタル映写される。
2002
DCI 設立。『クローンの攻撃』が主要作として初の全編デジタル撮影。
2009.12
『アバター』。3D の追加料金が劇場のデジタル化を一気に押し切る。
2014
パラマウントが米国で35mmプリント配給を終了。

プレミアム競争とHFR

2008 —
2008
『ダークナイト』が劇映画として初めて IMAX 15/70 カメラを部分使用。
2012
『ホビット 思いがけない冒険』の48fps が CinemaCon で不評を買う。
2022
『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』が可変HFRという着地点を示す。

2-1 サイレント期 ── 標準はなぜ35mm 4パーフォレーションになったか

映画の最初の標準は、誰かが理想の画面比を計算して決めたものではない。エジソン社の技師ウィリアム・ケネディ・ディクソン (W. K. L. Dickson) が1890年代初頭に Kinetoscope を組み立てたとき、彼が気にしていたのは覗き窓の中に見える像の大きさで、それを1インチ×4分の3インチ (約25.4mm×19.05mm) と決めた。そこから逆算されたフィルムの幅が約34.93mm、つまり実質的な35mmであり、送りは1コマあたり片側4個のパーフォレーション(送り穴)、1フィートあたり16コマだった。1インチ対4分の3インチという比率は、そのまま 1.33:1 になる。

35mm・1コマ4パーフォレーション 1.33:1 送り方向 1コマ = 4 パーフォレーション
フィルムは上から下へ送られる。両脇の小さな四角が送り穴で、1コマ進むあいだに片側4個が通る。枠内の像は1インチ×4分の3インチ(約25.4mm×19.05mm)、フィルムの全幅は約34.93mm。画面の形は像の大きさから決まり、フィルムの幅はそこから逆算された。

同じ35mm幅を使いながら、リュミエール兄弟のシネマトグラフ (Cinématographe, 1895) は1コマあたり片側1個の丸い穴という別方式を採った。両者は物理的に互換性がない。にもかかわらず4パーフォレーション方式が世界標準として残ったのは、その光学的優位が証明されたからではなく、撮影機・現像機・映写機・スプライサーという設備の連鎖が、いったん一方に傾くともう戻せないからである。フォーマットの勝敗は、最初期からすでに設備投資の慣性で決まっていた。

この 1.33:1 が動くのは、トーキーの到来による。フィルムの端に光学サウンドトラック(音声を光の濃淡として焼き込む帯)を置くと、その分だけ画面の横幅が削られ、コマはほぼ正方形に近づいてしまう。そこで画面の上下を切り詰めて横長を回復する調整が行われ、1932年にアカデミー比率 (Academy ratio) 1.37:1 が定まった。1932年5月9日、SMPE(後の SMPTE)は 0.825インチ×0.600インチの映写アパーチャを標準として採択し、撮影側もそれに先立って 0.868インチ×0.631インチの撮影アパーチャを使うよう指示されている。ここで注目すべきは順序である。上映側の都合(音を載せる場所)が、撮影側の画面の形を決めた。 撮影レイヤーと上映レイヤーが互いを規定し合う構造は、この時点ですでに完成している。

35mm 4パーフォレーション(トーキー以降) 1.37:1 送り方向 1コマ = 4 パーフォレーション
前の図と同じ35mm・4パーフォレーションだが、画面の左脇に濃い帯が入っている。これが光学サウンドトラックで、その分だけ画面の横幅が削られる。正方形に近づいたコマの上下を切り詰めて横長を回復した結果が 1.37:1(1932年に採択された映写アパーチャ 0.825×0.600インチ)。送り穴の数は4のまま、変わったのは画面の側である。

もうひとつ、この時期について広く信じられていて、実際には事実でないことがある。サイレント期の映写速度が一定だったという想定である。Fox-Case Corporation の技術部長アール・スポナブル (Earl Sponable) が1927年9月に SMPE へ提出した報告によれば、ニューヨークの劇場の「現行の通常速度は毎分105フィート」、すなわち約28fps だった。さらに同じ報告は、日曜日には上映回数を1回増やすために毎分120フィート(約32fps)で回すことも多かったと述べている。速度は物理定数ではなく、その日の回転率を上げるための興行判断だったのである。

そして24fps という数字自体も、音声同期の物理から演繹されたものではない。SMPE はトーキー用の映写速度として毎分85フィートと90フィートを検討しており、24fps に相当する90フィートは複数の候補のひとつにすぎなかった。1926年に Western Electric がそれを選んだのは、全米の劇場で実際に上映されていた平均速度がそのあたりだったからだ、という証言が残っている。この論点は「映画らしさ」の根に触れるため、コラム C3 で改めて掘り下げる。

2-2 テレビ対抗の1950年代 ── 「家では体験できないもの」への逃避

1946年、アメリカの週間映画館入場者数は9,000万人を超えていた。それが1950年に6,000万人、1953年には4,600万人まで落ちる。7年で半減である。同じ期間にテレビ受像機を持つ世帯は1950年の390万から1955年の3,070万へと膨れ上がり、1953年6月の時点で全米に約2,429万世帯がテレビを持っていたと推計されている。ハリウッドが直面していたのは、作品の質の問題ではなく、無料で家から出ずに済む競合が現れたという流通の問題だった。

米週間映画館入場者数
90M → 46M
1946年 → 1953年
テレビ保有世帯
3.9M → 30.7M
1950年 → 1955年
CinemaScope設置館
3,500 → 13,500
1954年4月 → 1年後

この状況への回答が「家では体験できないもの」だった。その最も極端な形がシネラマ (Cinerama) である。1952年9月30日、ニューヨークのブロードウェイ劇場で『This Is Cinerama』が開幕した。方式は徹底している。35mmカメラ3台を並べて同時に回し、35mm映写機3台で146度に湾曲した巨大スクリーンへ同時に投射する。フィルムは通常の4パーフォレーションではなく6パーフォレーション高で、フレームレートは24fps ではなく 26fps。音声は映像とは別の4本目の35mm磁気フィルムに収められ、スクリーン裏の5チャンネルと客席のサラウンド2チャンネル、合計7チャンネルを鳴らした。24fps が「映画の標準」として自明視される遥か前から、興行のために標準を外す実践は存在していたわけである。

シネラマ(1952) SCREEN 映写機 3 台
客席を上から見た図。上端の弧が146度に湾曲したスクリーンで、下端に並ぶ3つの箱が映写機、破線がそれぞれの投射方向である。1枚の画面を3台で分担するので、映写室も客席も湾曲の深さに合わせて設計するしかない。導入できる館が限られた理由は、この平面図の側にある。

シネラマは圧倒的だったが、劇場側の負担も圧倒的だった。映写機3台と専任の技師、湾曲スクリーンを収める建築、7チャンネルの音響。導入できる館はごく限られる。ここに、はるかに安い対抗馬が現れた。20世紀フォックスの CinemaScope である。

CinemaScope はアナモルフィックレンズ (anamorphic lens) で像を水平方向に2倍(100パーセント)圧縮してフィルムに記録し、映写時に逆方向へ引き伸ばす。当初の仕様では35mmのサイレントアパーチャ全面を使い、投影されるアスペクト比は 2.66:1 になった。音声は磁気4トラックで、スクリーン裏3チャンネルとサラウンド1チャンネル。1953年2月2日、フォックス社長スピロス・スコーラス (Spyros Skouras) は今後の自社作品をすべて CinemaScope で製作すると宣言し、9月16日に第1作『聖衣』(The Robe) を公開した。

ネガの上(記録された状態) 水平方向だけ 1/2 に圧縮 上映時に 2倍へ伸ばす スクリーン上(復元された状態) 2.66:1
左がフィルムに焼かれている状態で、水平方向だけが2倍に圧縮されている。被写体の円が縦長の楕円に潰れているのがそれ。右は映写レンズで同じ倍率だけ横へ引き伸ばした状態で、当初仕様の 2.66:1 に戻る。フィルムも映写機も35mmのまま、レンズ2組だけで横長を手に入れられたことが、1万〜1万2,000ドルという改装費の正体である。

決定的だったのは価格である。フォックスは小規模館の改装費を1万〜1万2,000ドルと見積もり、映写レンズは当初1組2,800ドル、1954年4月には1組1,000ドルまで下げた。結果、1954年4月に約3,500館だった CinemaScope 設置館は、その1年後には1万3,500館に達している。体験としてはシネラマのほうが強烈だったが、勝ったのは安いほうだった。

シネラマ (1952)

35mmカメラ・映写機を各3台、6パーフォレーション、26fps、146度湾曲スクリーン、7チャンネル音響。体験の強度は最大だが、映写室と建築ごと作り替える必要がある。導入できる館はごく少数。

CinemaScope (1953)

既存の35mm設備にアナモルフィックレンズと磁気ヘッドを足すだけ。当初 2.66:1、磁気4トラック。「貧者のシネラマ」と呼ばれたが、2年で1万3,500館に広がった。

同じ時期、3Dブームの第1波も走っている。1952年11月、アーチ・オボラーの『ブワナの悪魔』(Bwana Devil) が Natural Vision 方式でロサンゼルスの2館に掛かり、批評は酷評だったが興行は大当たりした。これを見た各社が追随し、1953年から54年にかけて『肉の蝋人形』(House of Wax) をはじめ50本強の3D作品が公開される。だがブームは1953年秋には陰りを見せ、1954年初頭には急速に終息した。眼鏡の煩わしさ、2台の映写機を同期させる運用の難しさ、そして何より画面が暗いこと。この「暗さ」という制約は物理法則に属するので、55年後の第2波でも寸分違わず再来することになる。

2-3 70mm黄金期とロードショー興行 ── 劇場が改装費を払った時代

シネラマの3台方式は運用が重すぎた。その体験を1本のフィルムで実現しようとしたのが、興行師マイク・トッド (Mike Todd) と American Optical Company が組んだ Todd-AO である。名称の「AO」は American Optical に由来し、実際に上映用プリントを焼く責任を負ったのもこの会社だった。撮影は65mmネガ、上映プリントは70mm、音声は6トラック磁気。当初のフレームレートは24fps ではなく30fps で、2010年代に行われた『オクラホマ!』の4K修復も、オリジナル公開時に合わせて30fps で上映されている。

Todd-AO で技術的に興味深いのは、プリント工程そのものが上映会場の形を織り込んでいた点である。この方式の焼き付けプロセスは、深く湾曲したスクリーンに投射したときに生じるキーストーン歪み(台形歪み)と、極端な広角レンズに由来する歪みを打ち消すために設計されていた。つまりフィルムに焼かれている像は、それ自体としては正しくない。特定の形をしたスクリーンに投げて初めて正しくなるように歪められていた。 撮影フォーマットが上映会場の幾何によって定義される、という関係がここまで露骨に現れた例は珍しい。

第1作『オクラホマ!』は1955年10月11日から3日間の招待上映を経て、10月13日にニューヨークのリヴォリ劇場で世界初公開された。注目すべきは、この作品が Todd-AO 版と35mm CinemaScope 版という二つの別フォーマットで同時に用意されたことである。設備を持つ館には70mm、持たない館には CinemaScope。撮影レイヤーと上映レイヤーが一対一に対応しないという、この記事が繰り返し扱う構造の最初の大規模な実例と言っていい。

設備を持つ館へ 『オクラホマ!』 65mm ネガ・30fps 70mm プリント 歪みを先に入れて焼く Todd-AO 上映 深く湾曲したスクリーン 持たない館へ 同じ作品 1955年に同時公開 35mm プリント アナモルフィック CinemaScope 上映 既存の設備のまま
同じ1本の作品が、劇場の設備によって二つの経路に分かれる。上の経路で注目すべきは真ん中の箱で、プリントに焼かれた像そのものがあらかじめ歪ませてあり、深く湾曲したスクリーンに投げて初めて正しくなる。撮影の側が上映会場の幾何に合わせている。

そして経済である。リヴォリ劇場はこの上映のために35万ドルを投じて改装した。Todd-AO の巨大な映写機を収める新しい映写室と、1,600の新しい座席。設備投資を負担したのは配給会社ではなく劇場側だった。 その代わり劇場は、指定席・序曲 (overture)・幕間 (intermission)・プログラム冊子つきという「イベント興行」の体裁を取り、通常興行より高い料金で、長期にわたって独占的に上映する権利を得る。ロードショーとは、単価と滞留期間で回収するビジネスモデルの名前だった。

この様式の到達点が『2001年宇宙の旅』(1968) である。Super Panavision 70 で撮影され、1968年4月2日にワシントンD.C. のアップタウン劇場で世界初公開された。上映は本編139分に加えて、序曲・幕間・退場音楽で約10分を費やす構成。1968年のうちに世界で100を超える70mm指定席興行が組まれ、ロサンゼルスでは103週という長期上映が行われた。1年を超える興行はこの時期、決して珍しくない。

『2001年宇宙の旅』予告編(ワーナー・ブラザース公式・4K版)。Super Panavision 70 の 2.20:1 を、指定席・序曲・幕間つきの商品として売った時代の宣伝である。画そのものよりも、それが「催し物」として提示されていることのほうが、この節の論点に近い。

ただし、この時代はブランドと実体の乖離が始まった時代でもある。『2001年宇宙の旅』は多くの劇場で「シネラマ」の名の下に宣伝されたが、その実体は1本の70mmプリントであって、35mm3本を同時に回すオリジナルのシネラマではない。1963年以降のシネラマは、ほぼ名前だけの存在だった。上映フォーマットの名称が、技術的実体ではなくマーケティングのラベルとして流通し始める。 半世紀後に IMAX をめぐって起きることの、正確な先例である。

2-4 IMAXの誕生と博物館時代 ── なぜ30年間、劇映画に来なかったのか

IMAX は映画会社が作ったものではない。1967年、モントリオールで Multiscreen Corporation としてグレアム・ファーガソン (Graeme Ferguson)、ローマン・クロイター (Roman Kroitor)、ロバート・カー (Robert Kerr)、ウィリアム・ショウ (William C. Shaw) が設立した会社が母体である。彼らの出発点は、1967年のモントリオール万博で上映されたマルチスクリーン作品群だった。複数の映写機で複数の像を並べる方式の運用の難しさを痛感した彼らは、逆に「巨大な1コマを1台で映す」方向へ舵を切る。

そして起点となった依頼は日本から来た。1967年、富士銀行がクロイターに1970年の大阪万博向けの作品制作を打診し、その資金を部分的に負担した。こうして1970年、大阪万博の富士グループパビリオンで、世界初の IMAX 作品『Tiger Child』(ドナルド・ブリテン監督)が上映される。会場となったパビリオン自体が異形の建築だった。技術者・川口衞と建築家・村田豊の設計により、直径50メートルの円形基盤の上に16本の空気膜チューブを立てた構造である。IMAX は最初から、専用に設計された建物と一体の体験として世に出た。

翌1971年5月22日、トロントの Ontario Place に Cinesphere が開館する。世界初の常設 IMAX 館であり、こけら落としはこの劇場のために委嘱されたファーガソンの『North of Superior』だった。設計思想としてはモントリオール万博のバックミンスター・フラーによる米国館の影響下にある。

以後およそ30年間、IMAX は商業映画の外側にいた。科学館、博物館、水族館、そしてまた万博。宇宙、深海、自然といった題材の40分前後の作品が主要な中身だった。理由は画質ではない。製作と建築の側の制約である。

第一に、フィルムの尺。IMAX の 15/70 カメラは24fps で回すと1,000フィートを約3分で消費する。長編劇映画を通常の撮影スケジュールで回すには、フィルムの物量も交換の頻度も現実的でない。第二に、騒音。IMAX カメラは35mmの ARRIFLEX よりはるかに大きな音を立て、同時録音の台詞をまともに拾えない。防音ブリンプに収めれば静かにはなるが、その状態でカメラは275ポンド(約125キロ)に達し、機動性は失われる。第三に、建築。IMAX の視野は巨大なスクリーンと急勾配の座席配置が前提であり、既存の複合映画館の躯体には収まらない。専用に建てるしかない。

IMAX 15/70 送り方向 / 1コマ = 15 パーフォレーション
2-1 の図と向きが違うことが要点である。フィルムは上下ではなく左右に流れ、1コマに片側15個の送り穴を使う。35mm の4個に対して15個ぶんの長さを1コマに充てているので、面積は稼げるがフィルムの減りも速い。24fps で回すと1,000フィートを約3分で使い切る。

つまり IMAX が劇映画に来なかったのは、劇映画が IMAX を必要としなかったからではなく、IMAX で普通に映画を撮ることが困難だったからである。この壁が崩れるのは、IMAX が「撮る規格」であることを部分的に諦めたときだった。2002年、『アポロ13』が IMAX の DMR (Digital Media Remastering) を用いて 15/70 に変換され、実写長編として初めて「IMAX版」として再公開される。IMAX で撮っていない作品を IMAX にかける経路がここで開いた。IMAX 自身の定義でも DMR は「IMAX 上映のために映像と音響の両方を作り込む」プロセスであって、「IMAX公開」は「IMAXで撮影された」を意味しない。 DMR の技術的な中身は4章で扱う。

2-5 デジタル化の二重革命 ── 劇場を動かしたのは画質ではなく3Dだった

デジタル化は撮影側と上映側で別々に、しかも別の動機で進んだ。この二つを混同すると、なぜ移行がああいう順番と速度で起きたのかが分からなくなる。

撮影側 ── 作り手の動機 1999 ルーカスの宣言 Sony HDW-F900・24p HD 2002『クローンの攻撃』 主要作初の全編デジタル 2010 ARRI ALEXA 以後10年以上の標準機 上映側 ── 劇場の動機 1999 4館で映写 DLP と Hughes/JVC 2002 DCI 設立 2005 仕様 v1.0 画質では単価が上がらない 2009『アバター』 3D の追加料金 2014 35mm 終了 パラマウント
上下の2本は、同じ「デジタル化」でも動機が別である。上の撮影側は作り手の判断で進んだ。下の上映側は、規格が整った2005年の時点では動いていない。箱の下に書いたとおり、画質が上がってもチケットの値段は上がらないからで、動いたのは追加料金という現金の流れができた2009年である。

撮影側の号砲はジョージ・ルーカスである。1999年6月、彼は『スター・ウォーズ』の次作を100パーセントデジタルで撮ると宣言し、ソニーとパナビジョンが24p の HD カメラ Sony HDW-F900 ── CineAlta ブランドの第1号機 ── を開発した。2002年の『クローンの攻撃』は、主要作としては初めて全編をデジタルで撮影した劇場公開作となる。ただし当時の HD は 1080p であり、ダイナミックレンジも今日の基準から見れば狭い。宣言としては巨大だったが、業界の撮影現場を実際に置き換えるには足りなかった。

業界を決定づけたのは2010年の ARRI ALEXA である。2010年4月の NAB で発表され、6月に出荷が始まったこのカメラは、フィルムに近い階調再現とハンドリングを備え、以後10年以上にわたり高予算の劇映画・ドラマ・CM の事実上の標準機であり続けた。撮影のデジタル化は、ルーカスの宣言の年ではなく ALEXA の年を境に不可逆になったと考えたほうが実態に近い。

上映側はもっと遅く、そしてもっと露骨に金の話だった。1999年6月18日、『ファントム・メナス』が4館でデジタル映写される(テキサス・インスツルメンツの DLP Cinema が2館、Hughes/JVC 方式が2館)。2002年3月には主要7スタジオが Digital Cinema Initiatives (DCI) を設立し、2005年7月に Digital Cinema System Specification v1.0 が公表される。規格は整った。だが規格が整うことと、全米数万のスクリーンが1台数万ドルの映写機に買い替えることのあいだには、何の必然的なつながりもない。画質が上がっても、チケットの値段は上がらないからである。

これを動かしたのが3Dブーム第2波だった。2009年12月の『アバター』を頂点とする3D作品群は、劇場に追加料金を取れる正当な理由を与えた。数字がそれを裏づけている。MPAA の統計によれば、2009年末の世界のデジタルスクリーンは1万6,000を超え、前年比で86パーセント増、純増は7,000スクリーン以上。うちデジタル3D対応は8,989で、世界の全スクリーンの約6パーセントに当たる。2010年には全世界で122パーセント増と、増加率がさらに跳ね上がった。3D は画質ではなく単価の技術であり、劇場にとって初めて投資回収の筋道が立つデジタル化の理由だった。

もうひとつ、資金の側の仕掛けがある。VPF (Virtual Print Fee) である。配給会社はフィルムプリントを焼いて運ぶコストを負担しなくなる。その節約分に見合う金額を、1ブッキングあたりの手数料として配給側が支払い、機材を先行投資したインテグレーター(Access Integrated Technologies と Christie の合弁などが代表例)が債務を回収していく。つまり劇場のデジタル化は、配給側のコスト削減分を上映設備へ付け替えることで賄われた。 画質の議論はここにほとんど関与していない。

こうして移行は完了する。2014年、パラマウントは米国において35mmプリントでの配給を終了した最初のメジャースタジオとなった。2013年12月公開の『アンカーマン2』が同社最後の35mm配給作品であり、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が全面 DCP での初のワイド公開となる。100年以上続いたセルロイドの流通が、ここで実務上終わった。

なお、3Dブーム第2波が長続きしなかった理由も、同じ興行の物理に属している。SMPTE の劇場映写輝度標準は16フート・ランバート (fL) だが、光学系の損失で実際の2D上映は約14 fL に落ち着く。3D では左右の眼に光を振り分けるため原理的に半減して7 fL となり、眼鏡による追加損失を含めると2D比で8割以上の光を失い、2〜3 fL まで落ちる場合がある。光量を稼ぐ工夫を凝らした『アバター』ですら、実際の上映輝度は約4.5 fL 程度だったと RealD の開発者レニー・リプトンは証言している。観客が3Dに対して最も多く述べた不満は「暗い」だった。 レーザー光源への移行は、この暗さへの回答として始まる。

2-6 ノーラン以降 ── フィルム回帰とプレミアム席の商法

2008年、『ダークナイト』が劇映画として初めて IMAX 15/70 カメラを部分的に用いた。公開当時の報道では「20分から30分」、現在一般に流通している数字では約28分とされる。全編ではなく、選ばれた場面だけを IMAX で撮り、残りは35mmアナモルフィックで撮る。上映時には画面比が途中で変わる。この「途中で画面が変わる」という体験の一般化が、以後15年のフォーマット文化を規定した。

IMAX 側にとってこれは、ブランドの再定義でもあった。DMR による変換上映で商業映画に足場を築いた IMAX が、ふたたび「IMAX で撮られた映画」という差別化を手に入れたのである。ただし実体は複雑だ。縦に長い 1.43:1 を出せるのは IMAX 70mmフィルム、IMAX ドームフィルム、そして GT 構成のデュアルレーザー(4Kプロジェクター2台)に限られ、シングルレーザーやキセノンのデジタル IMAX は 1.90:1 どまりである。しかも IMAX の上映方式を機種別に追跡している集計によれば、2025年12月31日時点で 15/70 フィルム上映に対応する館は世界に52館、一方でキセノン光源の2K デジタル IMAX は1,089館と、設置の圧倒的多数を占める。同じ「IMAX」というロゴの下に、まったく違う上映が並存している。 1963年以降のシネラマで起きたことが、規模を変えて反復されている。

15/70 フィルム上映 1.43:1 を出せる 52 館 キセノン光源の2Kデジタル 設置の圧倒的多数 1,089 館
2025年12月31日時点の方式別の設置館数(whatisimax.com の集計)。棒の長さの差がそのまま、観客が「IMAX」という言葉から思い浮かべるものと、実際にチケットを買って入る部屋との距離である。ロゴは同じで、上映は別物である。

そしてこの十数年で起きたもうひとつの変化が、各チェーン独自の PLF (Premium Large Format) の乱立である。Cinemark は2009年10月23日にサンフランシスコで初の XD (Extreme Digital Cinema) を開き、Regal は RPX を、AMC は Dolby Cinema を主力に据えた。Dolby Cinema の最初の設置は2014年12月に遡り、映像系は Dolby と Christie が共同開発した4Kレーザー映写機2台構成、2D で31 fL の輝度を出す。各方式の技術的中身は4章で比較するが、興行史として見たときの本質は単純である。

プレミアムフォーマットとは、同じ作品を高い単価で売るための仕組みである。フォーマットは値付けの技術になった。

日本の例を引けば、グランドシネマサンシャイン池袋の IMAX 鑑賞料金は通常料金+900円、IMAX 3D は通常料金+1,400円(3Dグラス代込み)と公式に提示されている。1955年にリヴォリ劇場が35万ドルを投じて指定席・序曲・幕間つきの興行を売ったのと、構造としては同じことをしている。違うのは、当時それが年に数本の超大作のための特別編成だったのに対し、いまは毎週の通常興行に組み込まれている点である。個別の劇場と設備の対応関係は6章のガイドで扱う。

2-7 HFRの挑戦・挫折・再挑戦 ── 上映側が受け止められない規格は死ぬ

2012年4月の CinemaCon で、ピーター・ジャクソンは『ホビット 思いがけない冒険』の48fps 素材を業界関係者に見せた。反応は広く否定的だった。劇映画の HFR (High Frame Rate) が公の場に本格的に晒された最初の機会であり、そこで出た「安っぽい」「テレビのようだ」という評価は、その後10年以上この技術に貼り付いたままになる。

ジャクソン自身の反論は、興味深いことに知覚の側に賭けたものだった。彼は、違和感は形式そのものの欠陥ではなく慣れの問題であり、10分ほど観れば消えると主張した。さらに、CinemaCon で否定的だった批評家の何人かが「ゴラムとビルボの対話場面では気にならなかった」と述べたことを挙げ、その場面もリールの他の部分とまったく同じ48fps で撮られ映写されていたと指摘している。物語に引き込まれているかどうかが、同じフレームレートを不自然に見せたり見せなかったりする、という主張である。

興行としての着地は、はるかに現実的だった。『ホビット』は HFR 版を置き換えではなく追加の上映レイヤーとして出荷した。2012年12月の公開時には、従来の24fps 版が IMAX・3D・2D のあらゆる形式で併売されている。設備側も無理をしなかった。Regal の CEO エイミー・マイルズは、自社の3D映写機のうち2,500台から2,700台を48fps 再生に対応させたいと述べている。HFR は、3Dブームで敷かれた設備の上に乗せられるぶんだけ進んだ。

そして乗せられない規格は死ぬ。2019年の『ジェミニマン』は 3D・4K・120fps という、当時の上映インフラの限界を大きく超える仕様で作られた。DCI の本体仕様が必須としているフレームレートは 24.000 Hz のみで、48.000 Hz ですら 2K 映像に限った任意対応にすぎない。120fps は最初から規格の外側にある。結果、上映は無数のバージョンに分岐した。2D 4K 24fps から 3D 2K 60fps、Dolby Cinema 向けの 3D 2K 120fps まで用意され、監督の意図した 3D 4K 120fps を出せたのはロサンゼルスの TCL チャイニーズ・シアターとアジアの一部に限られ、米国内で120fps を上映できた館は14館だったと報じられている。製作費1億3,800万ドルに対し世界興収は1億1,870万ドル、7,500万ドル規模の損失と伝えられた。観客の大多数が監督の意図した形式で観られない作品は、その形式の是非を問う機会すら持てない。

最終的な着地点を示したのが、2022年の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』である。ジェームズ・キャメロンの方針は明快だった。水中の場面は無条件に48fps、飛行や広い風景の一部も48fps、それ以外は24fps。ただし劇場の映写機は上映途中でフレームレートを切り替えられないので、実際には全編を48fps で回し、24fps に見せたい部分では同じフレームを2回ずつ出す。キャメロン自身の言葉によれば、HFR は全編に適用する規格ではなく「必要なときに振る杖」であり「オーサリング・ツール」である。

HFR の三度 2012『ホビット』 48fps・24fps 版と併売 「テレビのようだ」 2019『ジェミニマン』 3D・4K・120fps 米国内で120fps は14館 2022『アバター2』 全編48fps・同じコマを2回
三度の試みを左から時系列に並べてある。箱の下に書いたのが、そのつど上映側で起きたこと。DCI が必須としているフレームレートは 24.000 Hz のみで、48.000 Hz ですら 2K 限定の任意対応にすぎない。既存の設備に乗る48fps は生き延び、乗らない120fps は届かなかった。

つまり HFR は、規格として24fps を置き換えることには失敗し、演出のスイッチとして生き延びた。これはこの記事全体の主張と正確に噛み合う。24fps は物理的必然ではないが、そこから外れることは常に「意味を持つ選択」になってしまう。 なぜ48fps が別物に見えるのか、シャッター角度と露光時間の関係でそれをどう説明できるのかは、4-7 で扱う。

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』本予告(20世紀スタジオ公式)。ここでは全編が 24fps に均されているが、劇場では水中と飛行の場面だけが 48fps に切り替わっていた。どこで「杖が振られた」のかを想像しながら見ると、HFR が規格ではなく演出のスイッチになったという話が具体的になる。

出典

03

撮影フォーマット詳説

ネガ面積・レンズ光学・シャッター角という三つの物理変数から、画の質感がどう決まるかを解剖する。

予告編を見て「これはアナモルフィックだ」「これは16mmだ」と言い当てる人がいる。超能力ではない。画面に出ているのは物理現象であり、物理現象には原因がある。横に伸びた青い光条が出るのは、レンズのなかに円筒面のガラスが入っているからだ。粒子がざらつくのは、ネガが小さくて引き伸ばし率が高いからだ。爆発で飛び散る砂が一粒ずつ止まって見えるのは、シャッターが1コマの4分の1しか開いていないからだ。

この章では、カメラの前からネガ/センサーまでのあいだで何が起きているかを追う。上映側 ── 映写機とスクリーンで何が起きるか ── は4章の担当なので、ここでは触れない。

3-1 フィルムゲージの体系 ── ネガ面積が情報量である

フィルムのフォーマットを分けている最大の変数は、フィルムの幅そのものではなく、1コマが占める面積である。この面積が、その1コマに記録できる情報量の上限を決める。

理由は単純で、フィルムの感光層に並んでいるハロゲン化銀の結晶は、どのゲージでもだいたい同じ大きさだからだ。結晶の大きさが同じなら、画面を構成する「粒」の数は面積に比例する。そして小さいネガをスクリーンいっぱいに引き伸ばすとき、粒も一緒に引き伸ばされる。16mmが粗く、65mmが滑らかなのは、乳剤の質の差ではなく、引き伸ばし率の差である。

コダックが公開している撮影フォーマットの一覧(Film Format Choices, 2024)から、主要なゲージのキャプチャエリアを並べる。面積と比率はその実寸から計算したものである。

ゲージキャプチャエリア面積35mm 4perf 比400ft/1000ft の実尺 (24fps)
Super 8 (レギュラーゲート)5.79 × 4.01 mm約23 mm²約0.0550ft で 2分30秒
Super 1612.42 × 7.44 mm約92 mm²約0.20400ft で 11分06秒
35mm 2perf24.90 × 9.35 mm約233 mm²0.50400ft で 8分53秒
35mm 3perf24.90 × 13.90 mm約346 mm²約0.74400ft で 5分55秒
35mm 4perf24.90 × 18.70 mm約466 mm²1.00400ft で 4分26秒
35mm 8perf (VistaVision)37.72 × 24.92 mm約940 mm²約2.0400ft で 2分13秒
65mm 5perf52.15 × 23.07 mm約1,203 mm²約2.61000ft で 8分53秒
65mm 15perf (IMAX)70.41 × 56.62 mm約3,987 mm²約8.61000ft で 2分57秒
Super 8 面積 ×1.0 Super 16 面積 ×4.0 35mm 2perf 面積 ×10.0 35mm 3perf 面積 ×14.9 35mm 4perf 面積 ×20.1 VistaVision (8perf) 面積 ×40.5 65mm 5perf 面積 ×51.8 65mm 15perf (IMAX) 面積 ×171.7
実寸(mm)をそのまま相対スケールで描いたもの。左下を揃えて重ねてある。倍率は Super 8 を 1 とした面積比。ネガ面積が情報量である、というのはこの図がそのまま示している。
Super 16 (16mm 1perf) 送り方向 1コマ = 1 パーフォレーション
16mm はパーフォレーションのピッチが 7.62mm と35mm系(4.75mm)より広く、1コマにつき送り穴は片側1個だけになる。面積図で見た小ささは、この穴の少なさと表裏である。縮尺は他のフィルム図と揃えていない。

いちばん右の列に注目してほしい。これがフォーマット選択のもうひとつの顔である。同じ400フィートのマガジンで、Super 16 なら11分回るところが、VistaVision では2分13秒しか回らない。IMAX の15perf に至っては、1000フィート(約305メートル)を装填しても3分もたない。ネガ面積を増やすということは、同じ長さのフィルムで撮れる時間が反比例して減るということであり、フィルム代・現像代・マガジン交換の頻度・カメラの重量がすべて跳ね上がるということである。ゲージの選択は最初から美学と予算の同時方程式になっている。

Super 16 約92 mm² 11分06秒 35mm 2perf 約233 mm² 8分53秒 35mm 3perf 約346 mm² 5分55秒 35mm 4perf 約466 mm² 4分26秒 VistaVision (8perf) 約940 mm² 2分13秒
同じ400ftマガジンで何分回るかを、上の表の実尺からそのまま並べたもの。面積の図とちょうど裏返しの関係になっている ── 面積を増やすほど、1本のマガジンで撮れる時間は短くなる。マガジン長の違う Super 8(50ft)と65mm系(1000ft)は同じ軸に載せられないので外してある。

なお IMAX の15perf については、上の70.41 × 56.62 mm はコダックが示す最大のキャプチャエリアであり、投影されるフレームのアスペクト比 1.43:1 とは一致しない。撮影アパチャーとして広く引用される数値は 70.41 × 52.63 mm で、こちらを使えば「約52mm × 70mm、通常の35mmフレームの約9倍」という一般的な言い方に合う。いずれにせよ、35mmの1コマとは桁が違う、と理解すれば足りる。

具体作品 ── ゲージが何をしたか

Super 16 ──『キャロル』(Carol, 2015)。 撮影監督エド・ラックマンは、1950年代のニューヨークを描くこの作品を Super 16 で撮った。British Cinematographer のインタビューで彼はこう述べている ── 「私たちは前の時代のフィルムストックを、粒子構造と色分離において参照したかった」。そして35mmを選ばなかった理由をこう説明する。「35mmのネガですら粒子がなさすぎて、DI を通すとほとんどデジタルに見えてしまう」。ここでは粒子が欠点ではなく、時代を指し示す記号として選ばれている。50年前・60年前の写真を見たときに感じるあの手触りは、被写体ではなく粒子構造が担っている、という判断である。

65mm と IMAX 15perf ──『オッペンハイマー』(Oppenheimer, 2023)。 この作品はしばしば「IMAXで撮られた」と要約されるが、正確ではない。コダックの公式ブログによれば、使用カメラは IMAX MKIV、IMAX MSM 9802、そして Panavision Panaflex System 65 Studio の三種であり、15perf の IMAX と 5perf の通常65mm が混在している。理由は物理的なもので、IMAX カメラは動作音が大きすぎて俳優の台詞を同録できない。British Cinematographer によれば、台詞中心の場面を Panaflex System 65 で撮ったのは、ADR(追加録音)に頼らずに音を録るためだった。「IMAXで撮る」という決定は、実際には「どの場面を IMAX で撮り、どの場面を諦めるか」という配分の決定である。

3-2 35mmの中の多様性 ── パーフォレーション数という隠れたフォーマット

「35mmで撮った」という言明は、実はほとんど何も言っていない。35mmフィルムの幅は35mmで固定だが、1コマが縦方向に何個のパーフォレーション(送り穴)分を使うかは選べる。この数が変われば、使える面積も、フィルムの消費量も、native なアスペクト比も変わる。実質的には別フォーマットである。

パーフォレーション perforation

フィルムの縁に等間隔で開いた送り穴。カメラのクロー(爪)がこれに噛んで1コマ分ずつフィルムを送る。35mmでは1コマぶんの送り量をこの穴の個数で数え、2perf・3perf・4perf などと呼ぶ。

4perf 24.90 × 18.70 mm

35mmの標準。1コマ=穴4個分。もっとも面積が大きく粒子が細かいが、もっともフィルムを食う。ネイティブのアスペクト比は約1.33:1で、そこから 1.85:1 や 2.39:1 を切り出すか、アナモルフィックで横に詰め込む。

3perf 24.90 × 13.90 mm

1コマ=穴3個分。コダックによれば、1980年代に撮影監督ルーネ・エリクソンがパナビジョンと組んで最初の3perf機構を作った。フィルム消費と現像費が4perf比で25%減り、同じ長さで33%長く回せる。ネイティブ比は約1.79:1で、これは 16:9 (1.78:1) とほぼ一致する。テレビが 16:9 になった時代に、4perf の上下を捨てるくらいならはじめから撮らない、という合理主義の産物である。

2perf 24.90 × 9.35 mm

1コマ=穴2個分。ネイティブ比は約2.66:1で、上下を少し詰めれば 2.35〜2.39:1 のシネスコ比が球面レンズだけで得られる。フィルム消費は4perf の半分、同じ長さで倍回せる。1960年代のイタリア製西部劇(Techniscope)で普及した経済性重視のフォーマットで、コダック自身が「スパゲッティ・ウエスタンで人気を得た」と書いている。ただし面積が4perfの半分なので、粒子は目立つ。

8perf / VistaVision 37.72 × 24.92 mm

1コマ=穴8個分。ただしこれは縦ではなく横に8個で、フィルムが横向きに走る。面積は4perfの約2倍。パラマウントが1954年に導入した高解像度フォーマットで、後年は視覚効果の素材撮影用フォーマットとして生き残った。

2perf・3perf・4perf の違いは、フィルムをどれだけ「もったいなく」使うかの違いである。そして興味深いことに、この選択はアスペクト比の選択と結びついている。2perf は 2.39:1 を作るのに最適化されており、3perf は 16:9 に、4perf は 1.85:1 とアナモルフィックに向いている。フレームの形を先に決めると、パーフォレーション数が自動的に決まる。 逆に、経済的な理由でパーフォレーション数を決めると、画面の形が制約される。

以下の3枚は、どれも同じ3コマぶんを同じ縮尺で描いたものである。フィルムの幅は3枚とも35mmで変わらない。変わるのは、1コマのために送る量と、そこに取れるコマの形である。

35mm 4perf 約1.33:1 送り方向 1コマ = 4 パーフォレーション
標準。1コマ=穴4個分。もっとも面積が大きく粒子が細かいが、3コマ進むだけでこれだけのフィルムを送る。
35mm 3perf 約1.79:1 送り方向 1コマ = 3 パーフォレーション
穴3個分。同じ3コマを撮るのに使う長さが4perfの4分の3になる。コマは上下が詰まって約1.79:1 ── 16:9 とほぼ同じ形になっている。
35mm 2perf 約2.66:1 送り方向 1コマ = 2 パーフォレーション
穴2個分。使う長さは4perfの半分。コマはここまで細くなり、上下を少し詰めるだけでシネスコ比になる代わりに、面積が半分なので粒子は目立つ。

VistaVision の再登場 ──『ブルータリスト』(The Brutalist, 2024)

8perf VistaVision は、フィルムを横倒しに走らせる。マガジンが水平に配置され、フィルムは左から右へ(あるいは右から左へ)流れる。1コマが横長に、しかも大きく確保できる代わりに、カメラの構造は特殊になる。

35mm 8perf (VistaVision) 37.72 × 24.92 mm 送り方向 / 1コマ = 8 パーフォレーション
上の3枚と同じ35mm幅・同じ3コマぶんだが、送り方向が90度回っている。パーフォレーションが左右ではなく上下の縁に並んでいるのがその印で、1コマは流れる方向に穴8個分をとる。縦送りではコマの横幅がフィルムの幅(24.90mm)で頭打ちになるのに対し、横送りではそれを送り量が決めるので、同じ35mm幅のまま4perfの約2倍の面積になる。なお描画の縮尺は上の3枚とは別である。

撮影監督ロル・クローリーはこの形式で『ブルータリスト』を撮った。The Film Stage のインタビューによれば、これは1961年のマーロン・ブランド監督『片目のジャック』(One-Eyed Jacks) 以来、VistaVision で撮影された最初の英語圏長編映画とされる。使われたカメラ本体はロンドン由来の1970年代製の個体で、クローリーは「光学系がビューファインダー上で少し周辺減光する傾向があった。そういう類のことだ。技術的に難しかった」と述べている。60年ぶりの復活とは、60年ぶりに個体を探し出して回した、という意味である。

ここで重要なのは、VistaVision で撮ることと70mmで上映することが別個の決定だった点だ。クローリーによれば、70mmプリントは監督ブラディ・コルベットが後から「70mmプリントをやりたい」と持ち込んだ話であり、撮影フォーマットの決定とは独立していた。撮影レイヤーと上映レイヤーが二層に分かれているという、この記事全体を貫く構造の、もっともわかりやすい実例である。

『ブルータリスト』公式予告編(A24)。8perf 横送りで確保した 1.66:1 の縦の余裕が、建築を下から見上げる構図にそのまま使われている。横に広げるためではなく、面積を稼いだうえで縦を残すために VistaVision が選ばれていることが分かる。

3-3 フィルムストック ── 感度・粒状性・ハレーション

ゲージが決まっても、まだ選ぶものが残っている。**乳剤(フィルムストック)**である。現在コダックが供給しているカラーネガの主力は VISION3 シリーズで、4つの感度・色温度の組み合わせからなる。

ストック35mm 品番16mm 品番感度色温度主な用途
VISION3 50D52037203EI 50デイライト快晴の屋外。もっとも粒子が細かい
VISION3 200T52137213EI 200タングステン明るめの室内、曇天
VISION3 250D52077207EI 250デイライト屋外全般、明るい日中の室内
VISION3 500T52197219EI 500タングステン夜景、低照度

品番の頭一桁は幅を示す慣例で、5xxx が35mm、7xxx が16mm、2xxx がプリント用のポジフィルムである。同じ乳剤でもゲージが変われば番号が変わる ── だから『キャロル』のラックマンが使った 7219 / 7207 / 7213 / 7203 は、Super 16 における VISION3 4本セットのフルラインナップということになる。

ストックの割り当ては、そのまま照明計画の裏返しである。『オッペンハイマー』のカラー部分では、コダックによれば 250D 5207 を屋外と明るい日中の室内に、500T 5219 を低照度と夜景にという単純な二分法が採られた。『ヘイトフル・エイト』(The Hateful Eight, 2015) では American Cinematographer によれば 500T 5219 / 250D 5207 / 200T 5213 / 50D 5203 の4種すべてが使われている。感度が高いストックほど、光が少なくて済む代わりに粒子が粗くなる。 これは物理的な必然で、より少ない光子で像を作るには、ハロゲン化銀の結晶を大きくして受光面積を稼ぐしかないからだ。

つまり粒状性(grain)は、二つの独立した変数の関数である。

乳剤側の変数
感度
EI が高いほど結晶が大きく、粒が粗い
ゲージ側の変数
面積
ネガが小さいほど引き伸ばし率が高く、粒が目立つ

低感度の 50D を65mmで撮れば粒子はほぼ見えない。高感度の 500T を Super 16 で撮れば粒子は画面の主役になる。同じ「フィルムで撮った」でも、この二軸のどこに置いたかで画は完全に別物になる。

ハレーション ── 欠陥が様式になるまで

ハレーション halation

強い光がフィルムの感光層を通り抜け、ベース(透明な支持体)の裏面で反射して感光層に戻り、光源の周囲をもう一度感光させてしまう現象。結果としてハイライトの周りに滲んだ輪(halo)が生じる。

これは本来まぎれもない欠陥である。だからコダックは1934年、レムジェット (rem-jet) という対策層を導入した。カーボンブラックの微粒子を水溶性のバインダーに混ぜてフィルムの裏面に塗った黒い層で、裏面に届いた光を吸収してしまう。副次的に帯電防止・潤滑・傷防止も担う。現像時に洗い流されるので「rem(removable)+ jet(黒)」と呼ばれる。

感光乳剤層 ここで像を記録する ベース 透明な支持体。裏面が反射面になる レムジェット層 裏面の黒い層が光を吸収する
レムジェット方式の断面。光は上から入る。強い光は乳剤を突き抜けてベースの裏面まで届くが、そこに黒い層があれば吸収されて戻ってこない ── ハレーションは起きない。厚みの比は模式的なもので、実寸ではない。

ところが2025年、コダックはこのレムジェットを廃し、乳剤の下に塗るゲルベースの層 ── AHU (Anti-Halation Undercoat) ── に置き換えると発表した。ASC やコダック自身の告知によれば、AHU はハレーション防止性能でレムジェットを上回り、現像時にレムジェット除去工程が不要になるぶんラボの水と電力を節約できる。VISION3 にとって数十年ぶりの構造変更である。

感光乳剤層 ここで像を記録する AHU 乳剤の下のゲルベース層 ベース 透明な支持体
AHU 方式の断面。上の図と見比べる箇所は一点で、吸収層がベースの裏面から乳剤の下へ移っている。光がベースに入る前に止まるので、現像でレムジェットを剥がす工程そのものが不要になる。厚みの比は模式的なもの。

面白いのはここからだ。写真用フィルムの世界では、VISION3 からわざとレムジェットを剥がして再包装した製品が売られている。レムジェットがなければハレーションが起きる。ハイライトの周囲に赤い滲みが出る。そしてその滲みこそが商品価値になっている。欠陥を除去する層を除去することで「フィルムらしさ」を売るという完全な逆転がすでに市場で起きている。この逆転はデジタル側にも波及していて、いま多くのフィルムエミュレーション・ツールが「ハレーション」を付加機能として持っている(C2で後述)。

存在しないフィルムを作らせる ──『オッペンハイマー』の 65mm DOUBLE-X

フィルムで撮るということは、供給されているものの中から選ぶということである。選択肢になければ撮れない。ノーランとホイテ・ヴァン・ホイテマは、この制約を製造依頼で突破した。

コダックの公式ブログによれば、2022年、コダックはモノクロネガ EASTMAN DOUBLE-X (5222) を65mm幅で史上初めて製造した。『オッペンハイマー』のためである。ヴァン・ホイテマは British Cinematographer にこう語っている ── 「65mm用のモノクロフィルムは存在しなかった。コダックは製造していなかったし、この世に存在しなかった。だからコダックに作ってくれと頼むしかなかった」。

そして製造できたら終わりではない。同じ記事によれば、IMAX MSM 9802 MKIII / MKIV カメラの圧板(プレッシャープレート)を、この特注ストックに合わせて物理的に調整する必要があった。カラー用に設計されたカメラの機構は、モノクロ乳剤の厚みと脆さを想定していないからだ。フィルムで撮るというのは、化学と機械が両方いうことを聞いてくれるまで交渉することである。

3-4 センサーサイズという「新しいゲージ」

デジタルにおいて、フィルムゲージの位置を占めるのがセンサーサイズである。役割は同じ ── 面積が情報量を決め、面積が被写界深度を決める ── だが、ひとつだけ性質が違う。フィルムでは粒子の大きさがほぼ一定だったのに対し、センサーでは画素の大きさを設計者が選べる。だから「面積が大きい」と「画素が多い」は別の話になる。ARRI の ALEXA 65 は、Super 35 の ALEV 3 と同じ大きさの画素を三枚分並べたセンサーであって、画素を細かくしたセンサーではない。

主要なセンサーの実寸を、フィルムゲージと同じ土俵に並べる。

呼称代表機実寸面積近いフィルムゲージ
Super 35ARRI ALEXA 35 (ALEV 4, オープンゲート)約27.99 × 19.22 mm約538 mm²35mm 4perf (466 mm²)
フルフレームSony VENICE 236 × 24 mm864 mm²VistaVision (940 mm²)
ラージフォーマットARRI ALEXA LF / Mini LF36.70 × 25.54 mm約937 mm²VistaVision (940 mm²)
フルフレーム (ワイド)RED V-RAPTOR 8K VV40.96 × 21.60 mm約885 mm²VistaVision に近い
65mm ラージフォーマットARRI ALEXA 65 (A3X)54.12 × 25.58 mm約1,384 mm²65mm 5perf (1,203 mm²)
Super 35 (ALEXA 35) 面積 ×1.0 フルフレーム (VENICE 2) 面積 ×1.6 8K VV (V-RAPTOR) 面積 ×1.6 ラージフォーマット (ALEXA LF) 面積 ×1.7 ALEXA 65 面積 ×2.6
主要なセンサーサイズを同じ縮尺で並べたもの。倍率は Super 35 を 1 とした面積比。フィルムゲージの図と見比べると、ALEXA LF がほぼ VistaVision、ALEXA 65 が 65mm 5perf を上回る位置にあることが分かる。

ARRI Rental の公表値によれば、ALEXA 65 のセンサーは「5perf 65mm のアクティブイメージエリア 54.12mm × 25.58mm」であり、これは ARRI 自身の65mmフィルムカメラ(Arriflex 765)のフィルムゲートより大きい。デジタルのラージフォーマットは、すでにフィルムの65mmを面積で追い越している。 ただし追い越したのは面積であって、粒子の質感やハイライトの飽和のしかたまで同じになったわけではない。

なぜ面積が変わると画が変わるのか

ここが物理の核心なので、丁寧に辿る。

第一に、画角。 レンズの焦点距離が同じでも、センサーが大きければより広い範囲が写る。逆に言えば、同じ画角を得るために必要な焦点距離が、フォーマットの大きさに比例して長くなる。 Super 35 で50mmレンズが与える画角を、フルフレーム(横幅で約1.29倍)で得るには約65mm、ALEXA 65(横幅で約1.93倍)で得るには約97mmが要る。

第二に、被写界深度。 ここで一つ目の帰結が効いてくる。被写界深度は焦点距離が長いほど浅くなる。同じ絵づらを同じ絞り値で撮るとき、大きいフォーマットは長いレンズを使わざるをえないので、結果として背景が大きくボケる。 「ラージフォーマットは浅い」と言われるのは、センサーが魔法的に何かをしているからではなく、同じ構図を作るのに長いレンズを強いられるからである。ALEXA 65 と Super 35 でいえば、同じ構図・同じT値なら、深度はおよそ2分の1になる。

Super 35 基準 50 mm フルフレーム 横幅で約1.29倍 約65 mm ALEXA 65 横幅で約1.93倍 約97 mm
同じ画角を得るために必要な焦点距離。フォーマットが大きいほど長いレンズを強いられ、その長さがそのまま深度の浅さになって返ってくる。「ラージフォーマットは浅い」の中身はこの棒の長さである。

第三に、レンズ側の要請。 センサーが大きくなるほど、レンズはより広いイメージサークルを覆わなければならない。Super 35 用に設計された古いレンズをフルフレームに載せると、四隅が蹴られる(ヴィネッティング)か、周辺の画質が崩れる。つまりフォーマットを大きくすると、使えるレンズの候補が減る。ラージフォーマットの導入が「ヴィンテージレンズが四隅で崩れる」という現象とセットで語られるのはこのためで、そしてその「崩れ」を積極的に選ぶ撮影監督もいる(3-7)。

3-5 主要シネマカメラの系譜

ALEXA。2010年以降の事実上の業界標準

VENICE。デュアルベース ISO のフルフレーム機

圧縮 RAW と解像度で攻めた系譜

ARRI ALEXA ── なぜ標準になったか

2010年4月に登場した ARRI ALEXA は、デジタルシネマカメラの事実上の標準になった。搭載された ALEV III センサーは ON Semiconductor が ARRI のために設計・製造したもので、ARRI はこの Super 35 フォーマットのカメラシステムの設計と工学に対して米国映画芸術科学アカデミーの科学技術賞 (Scientific and Technical Award) を受けている。

標準になった理由は「解像度」ではない。ALEXA は長らく解像度で RED に劣っていた。決め手はむしろ次の点にある。ひとつは大きな画素とデュアルゲイン・アーキテクチャによるダイナミックレンジ ── ハイライトが唐突に飛ばず、粘って白に向かう。ふたつめは色の素直さで、素材のまま見ても自然で、グレーディングで押しても破綻しにくい。みっつめは、フィルムカメラのメーカーが作ったという事実そのもの ── シャッター角で露光を指定する UI をはじめ、フィルム時代の作業手順をそのまま持ち込めた。

2022年の ALEXA 35 では新設計の ALEV 4(Super 35、約27.99 × 19.22 mm、4.6K)に更新され、ARRI は17ストップのダイナミックレンジを公称している。解像度ではなく階調で勝負するという ARRI の姿勢は、15年間一貫している。

Sony VENICE ── デュアルベースISOという発明

Sony VENICE は 36 × 24 mm のフルフレームセンサーを積み、デュアルベースISOを採用した。これはセンサーが二つの異なる基準感度を物理的に持つという設計で、初代 VENICE では ISO 500 と 2500、VENICE 2(8.6K、50MP フルフレーム)では ISO 800 と 3200 である。

ここが重要なのだが、高い側のベースISOは「増感」ではない。増感はノイズを増やすが、ベースISOの切り替えは回路の構成そのものを変えるので、高感度側でもダイナミックレンジがほぼ維持される。 Sony は VENICE 2 のハイベース ISO 3200 について、18%グレーを基準に上6ストップ・下10ストップ、計16ストップのラチチュードを公称している。夜景を照明なしで撮るという選択肢が、画質の犠牲なしに手に入る。加えて VENICE は8段の内蔵NDフィルターをサーボで出し入れできる ── これはフィルターワークに要する時間をまるごと削る、現場的にきわめて大きい機能である。

RED ── 圧縮RAWと解像度競争

RED が持ち込んだのは、カメラ内でRAWを圧縮して記録するという発想だった。REDCODE RAW はウェーブレット変換ベースの圧縮で、センサーが読んだ生データを可逆でない形で圧縮しつつ、後段でホワイトバランスやISOを非破壊で決め直せる。V-RAPTOR 8K VV では 40.96 × 21.60 mm のセンサーに対し、LQ / MQ / HQ の3段階の圧縮率が用意されている。

REDの歴史的役割は、解像度を「買えるもの」にしたことである。4K、6K、8K と数字を更新し続け、業界全体の期待値を押し上げた。その副作用として、解像度が過剰になり、その過剰を打ち消すためにヴィンテージレンズと拡散フィルターが必要になるという奇妙な均衡が生まれた(3-7)。

ARRI ── 階調 ALEXA (2010) ALEV III・Super 35 デュアルゲイン ハイライトが粘る ALEXA 35 (2022) ALEV 4・17ストップ Sony ── 感度 VENICE ISO 500 / 2500 デュアルベースISO 回路構成ごと切り替える VENICE 2 ISO 800 / 3200 RED ── 解像度 REDCODE RAW カメラ内で圧縮 4K → 6K → 8K 解像度を買えるものに V-RAPTOR 8K VV 40.96 × 21.60 mm
三社が何を伸ばしてきたかを並べたもの。矢印は各社のなかでの推移であり、レーンをまたいで同じ時点を指すものではない。同じ「シネマカメラ」でも、改良の向かった先が階調・感度・解像度と割れているのが分かる。

ミラーレスとの差 ── そして縮まる差

α7S III のようなミラーレス機と、ALEXA や VENICE のようなシネマカメラの差は、センサーの品質そのものよりも、その周りの設計思想にある。

シネマカメラ

センサーの読み出しが速く、ローリングシャッター歪み(速いパンで縦線が斜めに倒れる現象)が小さい。内蔵NDを持ち、レンズを外さずに露光を2〜3段動かせる。RAWまたは高ビットレートのコーデックで内部記録し、グレーディングの余地を残す。PLマウントで重いシネマレンズを支える剛性がある。タイムコード・ジェネロックなど同期の口があり、長時間の連続運用に耐える冷却設計を持つ。

ミラーレス/一眼

読み出しが遅い機種ではローリングシャッター歪みが目立つ。内蔵NDは基本的にない(近年は例外あり)。長らく8bitの配信用コーデックが中心で、色を大きく動かすと破綻した。マウントは小型レンズ前提。放熱に余裕がなく、長回しで停止することがある。

ただしこの差はここ数年で急速に縮んでいる。ミラーレス側にも12bitのRAW内部記録、内蔵ND、タイムコード端子が降りてきており、逆にシネマカメラ側は小型化している。なお「シネマカメラ=グローバルシャッター」という理解は誤りで、ALEXA も VENICE もローリングシャッターである。問題は方式そのものではなく読み出し速度であり、そこに投じられたコストである。

3-6 球面 vs アナモルフィック

アナモルフィック anamorphic

レンズ内に円筒面(シリンドリカル)のガラス素子を持ち、像を水平方向にだけ圧縮して記録する方式。上映または後処理で圧縮を解く(デスクイーズ)ことで、ネガの縦方向を無駄なく使ったまま横長の画面を得る。

球面レンズ (spherical) の素子は、どの方向にも同じ曲率を持つ球面の一部である。だから水平と垂直で結像のしかたが変わらない。アナモルフィックはここに円筒面を持ち込む。円筒は一方向にだけ曲がっているので、水平方向にだけ屈折力を持ち、垂直方向にはほとんど何もしない。 Cooke の説明によれば、この前置きの光学系(アナモルフォット)は「球面レンズの実効焦点距離を水平方向についてだけ半分にする。結果としてデスクイーズ時に2倍に広がる」。

ネガの上(記録された状態) 水平方向だけ 1/2 に圧縮 上映時に 2倍へ伸ばす スクリーン上(復元された状態) 2.39:1
2倍スクイーズの往復。被写体はネガの上では水平方向にだけ半分に潰れて記録され、上映時に横へ2倍に引き伸ばされて元の形に戻る。ネガの縦方向を捨てていないのがこの方式の利点である。ただし元に戻るのはピントの合った像だけで、ボケは戻らない ── その理由が次の三つの現象の一つ目になる。

この「二軸が独立している」ことが、アナモルフィック特有の三つの現象すべての原因である。

楕円ボケ。 Cooke は、アナモルフィックでは「前面で受けた1点の光源に対して、レンズ後面から2つの点が投影される ── 垂直方向に1つ、水平方向に1つ」と説明する。二つの倍率が同時に働くため、ピントを外した点光源は円ではなく楕円のボケ玉になる。最終画面では縦に伸びた楕円として現れ、これがアナモルフィック識別のもっとも確実な手がかりになる。

水平方向の光条フレア。 強い光源がレンズに入ると、内部反射した迷光が円筒面によって一方向にだけ引き伸ばされる。球面レンズなら光源を中心に対称なゴーストが出るところが、アナモルフィックでは画面を横断する直線状の光条になる。あの独特の青みは円筒素子のコーティングに由来するもので、レンズシリーズごとに色が違う。だから「青い横線=アナモルフィック」は当たっているが、「アナモルフィック=青い横線」は当たっていない。

ブリージング。 ピントを送るとき、フォーカス群の移動が垂直方向の倍率と水平方向の倍率に違う影響を与える。Cooke の記述では「アナモルフィックではフォーカス送りの際に垂直軸が伸縮する形でブリージングが現れる」。球面レンズのブリージングは画面全体が均等に拡縮するが、アナモルフィックでは縦だけが動く。ピント送りのたびに画面が縦に呼吸する ── これも様式として好まれている。

スクイーズ比の体系

スクイーズ比代表ネイティブなセンサー/ネガデスクイーズ後
2xPanavision C / E / G シリーズ、Cooke Anamorphic/i、ARRI Master Anamorphic、Hawk V-Lite、Kowa35mm 4perf、Super 35約2.39:1
1.8xCooke Anamorphic/i Full Frame Plusフルフレーム約2.39:1
1.5x近年の16:9センサー向け設計16:9 センサー約2.66:1
1.3x各社の弱スクイーズ16:9 / 17:9 センサー約2.39:1(クロップ最小)
1.25xUltra Panavision 7065mm 5perf2.76:1

スクイーズ比が弱くなるほど、上に挙げた三つの特徴も弱くなる。1.3x や 1.5x は「センサー面積を無駄なく2.39:1にする」ための現代的な最適化であって、2xの質感そのものを目指したものではない。逆に Ultra Panavision 70 の 1.25x は、American Cinematographer によれば「2.20:1 の画面領域に1.25倍という緩いアナモフィック・スクイーズをかけ」、70mm投影時に 2.76:1 を得る。65mmという巨大なネガを持っているので、強く圧縮する必要がそもそもない。 タランティーノは『ヘイトフル・エイト』でこの形式を復活させ、これは1966年の『ハルツーム』(Khartoum) 以来、Ultra Panavision 70 で撮られた11本目の長編となった。

同じ 2.39:1 でも画が違う理由

2.39:1 という同じアスペクト比は、二つの全然違う方法で作れる。

球面レンズ+上下クロップ

センサー/ネガの全面で撮り、上下を捨てる。使う面積は減る(4perf なら約56%)ので、粒子・ノイズは相対的に増える。水平画角はレンズの焦点距離がそのまま決める。ボケは円形、フレアは対称、ブリージングは均等。歪みも収差も「素直」で、レンズの個性は焦点距離と設計世代にしか出ない。

アナモルフィック

縦方向を使い切ったまま横に圧縮する。面積の損失がない。同じ水平画角を得るには、垂直軸から見ればおよそ2倍の焦点距離のレンズを使うことになる ── だから背景の圧縮感は望遠的で、被写界深度は浅い。「広く写っているのに顔が望遠っぽく整って見える」という、あの独特の見え方はここから来る。加えて楕円ボケ・横一文字のフレア・縦だけのブリージングが常時つきまとう。

3-7 ヴィンテージレンズ再評価 ── 「劣化」への需要

現代のシネマレンズは、収差が少なく、コントラストが高く、周辺まで解像し、ブリージングも抑えられている。そして現代のセンサーは4K・6K・8Kで細部を余さず拾う。この組み合わせが行き着いた先が、肌の毛穴も、メイクの境目も、衣装の繊維も、全部見えてしまうという状態だった。

だから需要が反転した。撮影監督たちは、解像しないレンズ、フレアを起こすレンズ、周辺が崩れるレンズを探しはじめた。

Panavision C シリーズ。 パナビジョンの公式説明によれば、1968年以来のコンパクトで軽量なアナモルフィック・プライムで、「段階的な被写界深度、全絞りにわたる予測可能な全面性能、際立ったアナモルフィック・フレア、そして好ましいボケ」を特徴とし、「現代の多くの光学系のしばしば無菌的な見た目よりも、有機的な感触を多くの撮影監督が好む」。最初期に製造された個体が今も現役で使われている、とも書かれている。

Canon K35。 1970年代のシネマ用プライム。生産数が少なく、いまや高価な収集対象である。TLS や GL Optics といった業者が、光学系だけを取り出して現代的な機構(標準マウント、フォーカスギア、正確な距離目盛)に載せ替える「リハウジング」を行っており、同じ手法が Canon FD などの安価なスチルレンズにも適用されている。

Cooke Speed Panchro。 1920年代に起源を持つ英国製プライム。開放付近で拡散がかかったような柔らかさが出て、顔を好ましく描く。ボケに独特の渦巻き感(swirliness)があり、絵画的と評される。Cooke 自身がこの描写を現代のフルフレーム対応レンズとして再現した Panchro/i Classic を販売している ── ヴィンテージレンズの需要が、新品のヴィンテージ風レンズを生んでいる。

事例1 ── コーティングを剥がす(『プライベート・ライアン』)

ヤヌス・カミンスキーは『プライベート・ライアン』(Saving Private Ryan, 1998) で1940年代のレンズの描写を再現するために、パナビジョンに旧型 Ultraspeed レンズ一式の保護コーティングを剥がしてもらった。American Cinematographer での彼の説明が、この手法の本質を正確に言い当てている。

興味深いことに、レンズを分析してみると、フォーカスとシャープネスは変わらなかった。変わったのはコントラストと色再現だった。

ヤヌス・カミンスキー · American Cinematographer

コーティングは、レンズ表面での不要な反射を抑えるためのものだ。剥がしても像を結ぶ能力そのもの ── 解像力 ── は落ちない。落ちるのはコントラストである。内部で反射した光が像全体に薄くかぶさり、黒が浮き、色が濁り、光源に対してフレアが出やすくなる。「昔のレンズっぽさ」の正体は、解像度の低さではなくコントラストの低さである。 これは非常に重要な区別で、デジタルでフィルムルックを作るときにも同じ話が繰り返される(C2)。

なお同作は 1.85:1 で、全編 Eastman Kodak EXR 5293 を1段増感して 400 ASA で運用し、85補正フィルタの代わりに 1/2 Coral フィルタを使って青みを足している。テクニカラーのENR処理を70パーセント、Panaflasher によるフラッシングを約15パーセント併用した脱色も含めて、画の質感が撮影・現像・レンズ加工の三層すべてで作られているのがこの作品の特徴である。

事例2 ── 収差を足す(『ヘイトフル・エイト』)

もうひとつの方向は、新しく作ったレンズをわざと古く見せることだ。パナビジョンのダン・ササキは、数十年倉庫で眠っていた Ultra Panavision 70 のレンズを復活させ、35mmから400mmまで8焦点距離・計15本を『ヘイトフル・エイト』に供給した。American Cinematographer によれば、単に整備・再コーティングしたものもあれば球面素子を入れ替えたものもあり、40mm・50mm・135mm・180mm・190mm は完全な新規製作だった。

問題は、新品が旧レンズと違って見えてしまうことである。ササキの解決は逆方向だった ── レンズの空気間隔を変えて意図的に収差を与え、旧レンズの緩やかなフォーカス・ロールオフを再現した。 新品のほうを劣化させて、60年前の個体に合わせたのである。ちなみに Ultra Panavision にズームレンズは存在しないため、タランティーノはズームを断念してクレーン移動で代替している。

3-8 フレームレートとシャッター角 ── 時間をどう切り取るか

ここがこの章の核である。画の質感を決める変数のうち、もっとも誤解されているのが時間軸の扱いだからだ。

回転シャッターの幾何学

フィルムカメラには円盤状のシャッターがある。円盤の一部が扇形に切り欠かれていて、フィルム1コマにつき1回転する。切り欠きがフィルムゲートの前を通過するあいだだけ光が入り、残りのあいだは遮光されて、その裏でフィルムが次のコマへ送られる。

この切り欠きの開き具合を角度で表したものがシャッター開角度 (shutter angle) である。180度なら円盤の半分が開いている。1回転が1コマぶんの時間なので、露光時間は1コマぶんの時間のちょうど半分になる。

24fps なら1コマは24分の1秒。その半分だから、露光時間は 1/48秒。これが「24fps + 180度 = 1/48秒」という、この記事全体の中心にある数式である。

シャッター開角度
フレームレート
GATE
露光時間
1コマの間隔
露光している割合

露光時間 = 開角度 ÷ (360 × fps)

開角度と fps を変えると露光時間がどう動くかの図。円盤の切り欠きがゲート(フィルムのコマ)の上を通過しているあいだだけ露光される。回転は見やすさのために大幅に遅くしてある。

ARRI 自身が公式マニュアルで同じ式を書いている。

露光時間 = シャッター角 ÷ (360 × FPS)

ALEXA 35 では、この値を 5.0度から356.0度の範囲で設定できる。デジタルになって物理的な円盤は消えたが、フィルム時代のメンタルモデルがそのままUIとして残っている。

fps とシャッター角は独立変数である

シャッター開角度
再生
12 fps
24 fps
48 fps
120 fps

各コマは露光時間ぶんの動きを重ねて描いている。表示そのものは画面の リフレッシュレートに制限されるため、これは上映の再現ではなく 「1 コマに何が写るか」の再現である。

同じ速度で動く物体を、レーンごとに違う fps で描いたもの。開角度を 180度のまま fps を上げるとブレが短くなり、fps を固定したまま開角度を変えてもブレの長さが変わる ── この二つが別々に効くことが、この図の要点である。

ここを取り違えると全部わからなくなるので、はっきり書く。

フレームレート (fps) 時間の分解能

1秒間に何枚の標本を取るか。値が大きいほど、動きの時間的な標本化が細かくなる。フリッカーやストロボ的な段付き(judder)が減り、速い動きの追従がよくなる。

シャッター開角度 1コマ内のブラー量

1コマぶんの時間のうち、何パーセントを露光に使うか。値が大きいほど、1枚の絵のなかで被写体が動いた軌跡が長く記録される ── つまりモーションブラーが伸びる。

この二つは直交している。同じ24fpsのまま、シャッターを45度にも360度にもできる。同じ180度のまま、24fpsにも120fpsにもできる。fps は「何回サンプリングするか」、シャッター角は「1回のサンプリングでどれだけ時間を積分するか」を決める。 前者は動きの離散化の粗さを、後者は各サンプルの滲みを決める。

24fps における主要なシャッター角と露光時間を並べる。

シャッター角露光時間 (24fps)見え方
45°1/192秒ブラーがほぼ消え、動体が1コマごとに硬く止まる
90°1/96秒明らかにシャープ。パンでカクつきが出る
172.8°1/50秒180°とほぼ同じ(多くの民生機の実質的な180°)
180°1/48秒標準。「映画らしい」動きの基準
270°1/32秒ブラーが伸び、動きが柔らかく重くなる
356°約1/24.3秒ALEXA 35 の上限。ほぼ全開
360°1/24秒全開。コマの隙間がなく、動きが溶ける

狭いシャッター ──『プライベート・ライアン』の45度

『プライベート・ライアン』のオマハビーチが、いま見ても他の戦争映画と違って見える最大の理由は、シャッター角である。カミンスキーは American Cinematographer でこう説明している。

次に、多くの場面をシャッター角45度または90度で撮った。45度シャッターは爆発を撮るときに特に効果的だった。砂が空中に吹き飛ばされるとき、一粒一粒が、ほとんど粒子のレベルまで、落ちてくるのが見える。

ヤヌス・カミンスキー · American Cinematographer

24fps・45度は 1/192秒である。通常の4分の1の時間しか露光しないので、飛散する砂粒の軌跡は4分の1の長さにしか伸びない。結果として一粒ずつが分離して見える。同時に、コマとコマのあいだで被写体が動いた分は記録されないから、動きは連続せずに飛ぶ ── 実際にはこの「飛び」こそが、あの生々しく落ち着かない感触の正体である。滑らかさを捨てることで、目撃の不快さが手に入る。

余談だが、American Cinematographer によれば、この作品にはシャッターのタイミングを意図的にずらしたカメラも用意されていた。ただし狭いシャッター角と併用すると短縮された露光区間がフィルム静止中に収まるためストリーク効果が打ち消され、45〜90度に設定すればそのカメラも通常撮影に使えたという。シャッターの物理をここまで細かく操作対象にしているという点で、この作品は例外的である。

逆方向の 360度(全開シャッター)は、コマとコマのあいだに空白がなくなるので、動きが途切れずに溶ける。夢、酩酊、記憶の表現に使われるのはこのためだ。

HFR撮影が「ヌルヌル」になる構造

高フレームレート (HFR) の映像が「テレビっぽい」「安っぽい」と言われる現象には、知覚的・文脈的な成分と物理的な成分がある。物理的な成分は、驚くほど単純な算数で説明がつく。

180度ルールを守ったままフレームレートを上げると、露光時間が反比例して短くなるからである。

fpsシャッター角露光時間1コマあたりのブラー
24180°1/48秒基準
48180°1/96秒半分
60180°1/120秒40%
120180°1/240秒5分の1

180度を維持するかぎり、露光時間は常に「フレームレートの2倍の逆数」になる ── つまり 1 / (2 × fps) である。ピーター・ジャクソンが『ホビット』を撮った 48fps では 1/96秒で、これは 24fps における90度シャッターと同じ。アン・リーが『ビリー・リンの永遠の一日』(2016) と『ジェミニマン』(2019) で採用した 120fps では 1/240秒で、24fps における36度シャッターに相当する。『プライベート・ライアン』の45度よりさらに狭い。

つまり HFR の映像は、コマ数が多いから滑らかなのではない。1コマ1コマがきわめてシャープで、モーションブラーが事実上存在しないから、動く物体の輪郭が常に硬いまま高速に更新される。人間の視覚系はこれを「実物を見ている」に近い信号として処理する。映画的なブラーという緩衝材が抜けた状態、それが「ヌルヌル」の物理的な中身である。

もちろん、これがなぜ「安っぽく」感じられるのかという問いには、物理だけでは答えられない。ジャクソン自身、2012年の CinemaCon での48fps上映が酷評された直後に、「最初は違和感がある。こんな映画を見たことがないからだ。文字通り新しい体験だ。でもそれは映画のあいだじゅう続くわけじゃない。10分かそこらで消える」と反論している。これは慣れと文脈の問題であって、画の欠陥ではない、という主張である。この知覚・文脈的な成分についてはコラムC4で扱う。

自分のカメラで検証できる

ミラーレスや一眼で動画を撮る人が「シャッタースピードはフレームレートの2倍に固定しろ」と教わるのは、まさにこの180度ルールの実践である。

  • 24fps なら 1/48秒。ただし多くの民生機は 1/48 を持たず 1/50 しか選べない。24fps における 1/50秒は 172.8度に相当し、180度との差は視覚的にほぼ判別できない。
  • 25fps なら 1/50秒がちょうど 180度。PAL 圏由来の「1/50固定」という慣習はここから来ている。
  • 60fps で撮って24fpsで再生するスローモーションを撮るなら、露光は 1/120秒にする。スロー化したあとに 24fps の 180度相当のブラーが載る。

検証は簡単である。手を左右に振りながら、同じフレームレート・同じ明るさ(NDや絞りで調整する)で 1/50秒と 1/500秒の二本を撮って見比べればよい。1/500秒のほうは手の輪郭が常に硬く、コマ送りのように飛ぶ。 これが45度シャッターであり、これがHFRの正体でもある。180度ルールは規則ではなく、目に見える物理である。

3-9 撮影フォーマットの選択が画に与えるもの

ここまでの変数を4軸に整理する。

被写界深度 面積 × 焦点距離 × 絞り

ネガ/センサーの面積が大きいほど、同じ画角に長い焦点距離が必要になり、深度は浅くなる。アナモルフィックは同じ水平画角に約2倍の焦点距離を使うので、球面より浅い。

質感 粒状性 / ノイズ / コントラスト

フィルムでは感度と面積の積で粒子量が決まる。デジタルではノイズは抑えられているが、レンズのコントラストと解像で「硬さ」が決まる。コーティングを剥がす・古いレンズを使う・拡散をかける、はいずれもコントラストを落とす操作である。

空間性 アスペクト比 × 画角

フレームの形と、そこに何度分の視野を詰めるか。パーフォレーション数、スクイーズ比、センサーのクロップがここで交差する。

時間性 fps × シャッター角

何回サンプリングし、1回にどれだけ積分するか。二つは独立変数であり、両方を指定しないと動きの質感は決まらない。

フォーマット推測チャート

予告編や本編を見ながら使うための対応表である。あくまで確度の高い順の推測であって、断定ではない。

画面に見えるもの推測されるフォーマット物理的な理由
画面を横断する直線状の青い光条 + 縦長の楕円ボケアナモルフィック(2x 系)円筒素子が水平方向にだけ屈折力を持つため、迷光もボケも一方向に伸びる
2.39:1 だがフレアが対称でボケが真円球面レンズ + 上下クロップ全方向で結像が等方的
2.7:1 前後の極端な横長 + 弱い楕円性Ultra Panavision 70 (1.25x)65mmネガに緩い1.25倍スクイーズ
粒子がフレームごとに動き、画面全体が少し柔らかい。暗部で特に粒が目立つ16mm / Super 16ネガ面積が4perf の約5分の1で引き伸ばし率が高い
粒子は確かにあるが細かく、ハイライトが白に向かって粘る35mm ネガハイライトの飽和がゆるやかな乳剤の特性
ハイライトの周囲に赤〜オレンジの滲みの輪フィルム(またはハレーション付加)ベース裏面の反射による再露光
画面が縦方向にも広く(1.43:1 や 1.90:1)、深度が異様に浅いラージフォーマット または IMAX 15perf面積が大きく、同じ画角に長い焦点距離が要る
暗部に粒もノイズもなく、ハイライトが唐突に飛ぶデジタル(ノイズ処理込み)センサーの飽和は乳剤より急峻
粒のパターンがフレーム間で動かず貼りついている後付けのデジタルグレイン実写の粒子は毎コマ独立に分布する
動体の残像が短く、パンで段付きが出る狭いシャッター角(45〜90度)露光時間が1/96〜1/192秒
動きに残像がなく異様に滑らかHFR(48〜120fps、180度)fps が上がるほど1コマの露光時間が短くなる
四隅だけ暗く落ち、周辺で像が流れる旧規格レンズ + 大型センサーイメージサークルがセンサーを覆いきれていない

この表の各行は、突き詰めればすべて「面積」「屈折面の形」「露光時間」のどれかに還元される。フォーマットとは、この三つをどこに置くかという選択の別名である。 そしてこの選択が上映側でどう再生されるか ── あるいは再生されないか ── は、4章の主題になる。

面積 ── ネガ/センサーの大きさ 面積が大きい 引き伸ばし率が下がる 長い焦点距離 同じ画角に必要になる 粒が細かく深度が浅い 屈折面の形 ── 球面か円筒面か 円筒面を入れる 水平方向にだけ屈折力 二軸の倍率が別々 楕円ボケ・横の光条 縦だけのブリージング 露光時間 ── fps × シャッター角 1コマの時間 fps が決める そのうち何割を露光 シャッター角が決める ブラーの長さ
上の三つ ── 面積・屈折面の形・露光時間 ── が、それぞれ画のどの性質に化けるかをたどったもの。推測チャートの各行は、たどればこの三本のいずれかの右端に着く。

出典

04

上映フォーマット詳説

IMAX、Dolby Cinema、PLF、3D、そして24fps ── 上映側のブランド名と、その下にある実体を数値で腑分けする。

上映フォーマットの厄介さは、それが技術規格であると同時に商標だという点にある。「IMAX」も「Dolby Cinema」も「4DX」も、まず登録商標であり、その内側にどの世代のどのハードウェアが入っているかは、ロゴからは読み取れない。同じロゴを掲げた二つの劇場のあいだに、フィルムとデジタル2Kほどの隔たりがあることは珍しくない。

だから本章では、ブランドの宣伝文句をそのまま並べることをしない。公称値がどの文書に書かれた数字なのか、その数字を誰が測ったのか、そして実際に何が違うのか ── この三つを分けて書く。数値の出典が確認できなかったものは書かない。

4-1 IMAXの階層構造

IMAXは単一のフォーマットではない。ロゴの下には、投影方式・解像度・アスペクト比・音響チャンネル数がそれぞれ異なる複数の世代が同居している。フォーマットの系統をまとめている資料 whatisimax.com は、これを品質階層 (quality tier) として整理している。

世代投影装置実効解像度最大アスペクト比音響運用開始
IMAX 70mm フィルムローリングループ式 15/70 映写機 (GT / GT3D / SR / MPX)フィルム (画素なし)1.43:1別走行の6chデジタル1970年
IMAX ドーム (フィルム)15/70 映写機 + 魚眼レンズフィルム1.43:16ch (1988年以降デジタル)1973年
デュアルレーザー (GT)専用4Kレーザー映写機 2台4K × 2台1.43:1IMAX 12ch2014年12月
シングルレーザー専用4Kレーザー映写機 1台4096×21601.90:1IMAX 12ch2018年
レーザードーム4Kレーザー1台 + ドーム用光学マッピング4K / 24fps1.43:16ch または 12ch2018年
Laser XT4Kレーザー1台4096×21601.90:16ch と 12ch の両方の設置例2021年
キセノンデジタル改造2K DLPシネマ映写機 2台2048×1080 × 2台1.90:1IMAX 6chデジタル2008年

この表から読み取るべきことは一つに尽きる。1.43:1 という縦に長い、IMAXを他と分けている当のアスペクト比を出せるのは、15/70フィルム、ドーム、そして GT構成のデュアルレーザーだけである。 シングルレーザーも、Laser XT も、キセノンデジタルも、上限は 1.90:1 にとどまる。

そしてもう一つ、数の問題がある。IMAXがサポートしている15/70フィルム上映館は、2025年12月31日時点で世界に52館。同じ日付で、キセノン光源のデジタルIMAXは1,089館ある。

キセノンデジタル
1,089
2025年12月31日時点の設置館数
15/70 フィルム
52
IMAXがサポートする上映館
同じロゴ、別の画面
1.43:1 / 1.90:1
世代によるアスペクト比の上限差
1.43:1 GT・フィルム 1.90:1 IMAXレーザー 2.20:1 70mm 2.39:1 スコープ
横幅を揃えて重ねたもの。IMAXカメラで撮られた 1.43:1 の画を 1.90:1 の館で観ると、上下がこれだけ落ちる。1.90:1 と 2.20:1 の券は、どちらも「IMAX」あるいは「70mm」と呼ばれる。

「LieMAX」という批判は何を指しているか

2008年に始まったデジタルIMAXは、既存の映写機を「独自の画像処理を伴う Christie製2Kプロジェクター2台」に置き換えたものである。この2台スタック構成は輝度を稼ぐための手法であって、解像度そのものは2K ── DCI規格の 2048×1080 ── のままだ。IMAX 15/70フィルムのフレーム面積は約52mm × 70mm、通常の35mmフレームの約9倍に達する。同じブランドの下で、この差が「IMAXで観た」という一語に押し込められている。

批判が「LieMAX」という蔑称にまで固まったのは、館の数が反転したからである。2011年の時点で、米国のIMAX 430スクリーンのうち342がデジタルであり、真の70mm IMAXは88スクリーンにすぎなかった。多数派のほうが「IMAX」の実体になった。

デジタルIMAX 342 スクリーン 70mm IMAX 88 スクリーン
2011年、米国のIMAX 430スクリーンの内訳。目盛りの右端が総数の430にあたる。蔑称が定着したのは、この比が反転したあとである ── 多数派のほうが「IMAX」の実体になった。

批判の具体的な根拠として繰り返し引かれるのが、カナダ・サスカトゥーンの Scotiabank Theatre の事例である。CBCの取材によれば、ここに新設された「IMAX」スクリーンは幅56フィート × 高さ31フィート。同じサスカチュワン州レジャイナのサスカチュワン・サイエンスセンターにある従来型IMAXスクリーンは幅73フィート × 高さ52フィートで、面積にして倍以上の開きがある。デジタルIMAX化の改装では、スクリーンを観客側へ約30フィート前進させ、天井から床までをより広く覆うことで「IMAX的」な視野を演出する手法が取られる ── つまり、スクリーンを大きくするのではなく、観客を近づける。

レジャイナ 幅 サイエンスセンター 73 ft サスカトゥーン 幅 Scotiabank Theatre 56 ft レジャイナ 高さ 52 ft サスカトゥーン 高さ 31 ft
CBCの取材にある二つのスクリーンの寸法。幅で 1.3 倍、高さで 1.7 倍の差があり、本文のとおり面積では倍以上の開きになる。差を埋めるために取られたのはスクリーンを大きくする策ではなく、スクリーンを観客側へ約30フィート前進させる策だった。

IMAX側の反論

一方で、IMAXの言い分も検証に値する。同社の最高技術責任者 Brian Bonnick は、同じCBCの取材にこう答えている。

サイエンスセンターで見るようなスクリーンほど大きくはないが、標準的な商業映画館の環境と比べれば、周辺視野を満たす度合いは実質的に大きい。

Brian Bonnick · IMAX最高技術責任者 / CBC News (2018)

Bonnick はさらに三点を挙げる。第一に、映写輝度が一般的な劇場プロジェクターより約60パーセント明るいこと。これは偏光や色付きの眼鏡で光量が落ちる3D上映で特に効く。第二に、標準的な劇場より1オクターブ低い低音を再生できること(例として挙げられているのは『ダンケルク』(Dunkirk, 2017) である)。第三に、IMAX上映では作品が全画面を使い、アスペクト比に応じた黒マスキングで画面面積を無駄にしないこと。

また、1.43:1級の大型設置が商業施設で不可能なのは建築基準や建物構造の制約によるもので、専用設計の建築物 ── サイエンスセンターのような ── は現在ほとんど新築されない、という現実的な事情もBonnickは述べている。既存の最大スクリーンをIMAX化する、という選択はその帰結である。

4-2 70mm / Ultra Panavision 70上映

70mm上映は、映画の上映フォーマットのなかで唯一、上映回数に物理的な上限があるものだ。この一点が、他のすべての性格を規定している。

まずプリントの物理から入る。『ブルータリスト』(The Brutalist, 2024) の撮影監督ロル・クローリーによれば、同作の70mm上映用プリントは全長約4マイル、重量約270ポンド(約122キロ)に達した。『オッペンハイマー』(Oppenheimer, 2023) はさらに大きく、British Cinematographer の記事によれば最終プリントは全長11マイル超、重量600ポンド(約272キロ)とされ、100本以上が世界に配された。コダックの集計では、同作のフォトケミカル上映はIMAX 70mmが30本、標準70mmが113本、35mmが約80本という内訳になる。

このプリントは、映写室で人間が扱う物体である。国立映画アーカイブが2018年10月に『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey, 1968) の新70mmプリントを上映したとき、同館の担当者はリール1巻の重量を「10キロから15キロ強」と述べている。

リール1巻 国立映画アーカイブの証言 10〜15 kg 『ブルータリスト』 約270ポンド / 全長約4マイル 約122 kg 『オッペンハイマー』 600ポンド / 全長11マイル超 約272 kg
重量で単位を揃えてある(ポンドからの換算は本文に併記された値による)。いちばん上は映写技師が一度に手で扱う単位で、下の二本はプリント1本の総重量。70mm上映を制約しているのがフィルムの物理であることが、この比に出ている。

この判断は、70mm上映が何によって成立しているかを端的に示している。映写技師という職能である。デジタル上映では、上映は再生ボタンの押下と自動化されたプレイリストの実行に還元された。フィルム上映ではそうならない。リールの装填、フォーカスとフレーミングの調整、リールチェンジのタイミング、そして万一の断裂への対応 ── これらは訓練を経た人間の手作業として残る。技師の稀少性が、そのまま上映機会の稀少性になる。

フィルム上映 リールの装填 フォーカス調整 フレーミングも合わせる リールチェンジ タイミングは技師が計る 断裂への対応 デジタル上映 プレイリストの実行 自動化されている 再生ボタンの押下
同じ1回の上映で、上映室が何をしているか。上の段はいずれも訓練を経た人間の手作業として残る工程で、下の段は自動化されている。上映機会の稀少性は、この段の数の差からそのまま生じる。

日本の事情はとりわけ厳しい。国立映画アーカイブの映写機は35mmと70mmの兼用機で、1995年の建物開館時から使われ、2014年に更新された。だが70mm劇映画の上映実績は、2017年の『デルス・ウザーラ』(Дерсу Узала, 1975) が初めてだった。2018年時点で、同館の担当者は「70mmを上映できる映写機は日本ではこの施設にしか残っていない」と述べている。

この『2001年宇宙の旅』の新プリント自体も、上映フォーマットが単なる「大きいフィルム」ではないことを示す好例である。プリントにはフィルム上に音声情報が一切入っておらず、フィルム端のタイムコードと同期してディスクから音を出すDTS方式が採られていた。同館の担当者は「劇映画の70mmプリントをDTS方式でフルに上映すること自体、今まで日本でなかったことかもしれません」と述べている。なおこのプリントは、クリストファー・ノーランとワーナーが、キューブリック本人のメモを基に当時のタイミングデータを再現して作成したものである。

Ultra Panavision 70 ── 上映側を丸ごと作り直す

American Cinematographer によれば、『ヘイトフル・エイト』(The Hateful Eight, 2015) は Ultra Panavision 70 のレンズを65mmネガに撮影し、上映用に70mmプリントへ転写した。Ultra Panavision の光学系は 2.20:1 の画面領域に1.25倍という緩いアナモフィック・スクイーズをかけており、投影時のアスペクト比は 2.76:1 になる。ネガ面積は35mmアナモフィックの3倍。タランティーノはこれを「三面シネラマを除けば最も広いフォーマット」と呼んだ。この形式で作られた長編は同作が11本目であり、1966年の『ハルツーム』(Khartoum) 以来のことだった。

ネガの上(記録された状態) 水平方向だけ 1/1.25 に圧縮 上映時に 1.25倍へ伸ばす スクリーン上(復元された状態) 2.76:1
Ultra Panavision 70 のスクイーズ。左がネガ上の 2.20:1 の画面領域で、水平方向だけが 1.25 倍に圧縮されて記録されている。上映時に同じ倍率で横へ引き伸ばすと 2.76:1 になる。ネガ上で縦長に潰れている被写体が、上映時に元の形へ戻るのが見どころである。

注目すべきは、上映側の準備が事実上の産業復興事業になった点である。70mmロードショー興行は約100館・2週間限定、プログラム冊子・序曲・休憩を伴う特別編成として組まれた。Boston Light & Sound の Chapin Cutler は撮影開始前から関与し、1年がかりで中古の70mm映写機120台(予備込み)を購入・オーバーホールした。約9割の劇場で、プラッター、ランプ、スプライサー、DTS音声再生を含むフル設置が必要だった。ラボ側も同様で、FotoKem は当時「65mm/70mmフィルムを現像できる世界で唯一残った現像所」だった。

『ヘイトフル・エイト』本予告(ギャガ公式)。横に極端に広い 2.76:1 が、ほとんど室内劇である作品に使われている。人物を二人並べても画面の端が余るというこの持て余しかたこそが、Ultra Panavision 70 を選んだ理由である。

4-3 35mmフィルム上映

35mm上映は、70mmのような「規格の頂点」としてではなく、いま二つの文脈で生き残っている。ひとつは名画座とシネマテークにおけるアーカイブプリントの上映。もうひとつは、新作をあえて35mmでも配給する選択である。『ブルータリスト』の配給A24は、DCPに加えて35mmと70mmのフィルムプリントを展開した。撮影監督のクローリーによれば、カラーグレーディングはフィルムプリント上映を前提に、フィルムエミュレーションLUTを用いて行われた ── デジタルの中間工程を通しながら、最終出力がフィルムであることを前提に色を決めている。

35mm上映の技術的な要点は、ネガの画面サイズ自体は変わらないまま、映写機側のアパーチャープレート(開口板)を差し替えることで上映アスペクト比が決まるという点にある。The American WideScreen Museum が公開している数値では、アカデミー比の映写開口が .825インチ × .602インチ(1.37:1)、そこから 1.66:1 が .825 × .491、1.75:1 が .825 × .471、1.85:1 が .825 × .446 と、幅は固定のまま高さだけを切り詰めていく。「ワイドスクリーン」の多くは、光学的な拡張ではなく上下のトリミングとして実装された。

1.37:1 アカデミー 1932年に標準化 .602 1.66:1 ヨーロッパ系 .491 1.75:1 .471 1.85:1 米国標準フラット 1953年導入 .446
映写開口板の高さ(インチ)。幅はどの比率でも .825 インチのまま動かない。棒が短くなるほど画面は横長になるが、増えているのは幅ではなく、捨てられている高さのほうである。数値は The American WideScreen Museum による。

そしてもうひとつ、フィルム上映には「揺らぎ」がある。

コマの微細な運動 registration

フィルムは間欠送りで1コマずつ静止させられるが、パーフォレーションとピンの嵌合には必ず遊びがある。結果として画は、静止しているようでいてわずかに上下左右に動く。この微小な運動は意識には上らないが、画面全体が「呼吸している」印象を作る。

ランプの色温度 lamp

キセノンランプは点灯時間とともに色温度と輝度が変化する。同じプリントでも、館ごと、上映ごとに色が違う。デジタル上映が保証する「どこでも同じ色」は、この意味では新しい性質である。

傷とスプライス wear

プリントは上映のたびに摩耗する。縦筋、埃、リールチェンジのためのパンチマーク(画面右上に2回点滅する円形の合図)。何百回とかけられたアーカイブプリントは、その上映履歴を画面に持っている。

デジタル上映は、この揺らぎをすべて排除した。DCPは何回再生しても同一のビット列を吐き、色は測定され、コマは寸分違わぬ位置に立つ。これは疑いなく品質の向上である。同時に、上映というものが「毎回わずかに違う一回性の出来事」であることをやめた、という変化でもあった。名画座の35mm上映に人が並ぶ理由の少なくとも一部は、この一回性の側にある。フィルムの傷は劣化であると同時に、その物体がどれだけの観客に見られてきたかの記録でもある。

4-4 Dolby Cinema

Dolby Cinema は、画(Dolby Vision)と音(Dolby Atmos)と館の内装を統合してパッケージ化した上映ブランドである。IMAXが画面サイズで没入させるのに対し、Dolbyは画質、とりわけ黒とコントラストで没入させる ── この設計思想の違いが、両者のスペックの読み方をそのまま決めている。

画 ── Dolby Vision

まず所有関係を正確にしておく。Dolby Cinema の映写系は Dolby が製造したハードウェアではない。Christie の公式発表によれば、Christie が Dolby に選定され、Dolby Vision 映写システムを共同開発・供給・設置・保守する。構成は、Dolby と共同設計された高フレームレート対応の Christie 4Kレーザー映写ヘッド2台による重ね投影(スタック)で、光路は大幅にカスタマイズされている。光源は Christie の 6P モジュラー・レーザー ── 6P(六原色)方式は、そのまま波長多重によるレーザー3Dの分離にも使える。

輝度の公称値は、この Christie の発表に明記されている。2Dで最大31 fL(フート・ランバート)、3Dで最大14 fL。 これは通常のデジタル上映と比べると倍以上である。比較の基準となる数値は、実は DCI の規格文書そのものには書かれていない ── DCI Digital Cinema System Specification v1.3(2018年6月27日承認)は、輝度・コントラスト・色域といった投写画像パラメータの表を意図的に空白にしたうえで、SMPTE RP 431-2 を「全面的にノーマティブ」として参照している。つまり「14 fL(48 cd/m²)」という数値の一次出典は DCI ではなく SMPTE RP 431-2 である。

Dolby Cinema 2D 公称の最大値 31 fL Dolby Cinema 3D 通常デジタルの2Dと同じ値 14 fL SMPTE 標準 素材を通さない状態 16 fL 通常デジタル 2D 光学系の損失を経た実効 14 fL
fL(フート・ランバート)で揃えたもの。注目すべきは最下段ではなく上から二段目 ── Dolby Cinema は3D上映でも、通常のデジタル上映が2Dで出している 14 fL を確保する。31 fL と 14 fL の出典は Christie のプレスリリース、16 fL は SMPTE の標準値である。

コントラスト比はより慎重な扱いが要る。よく引かれる「1,000,000:1」は、Christie の当初のローンチ発表には数値として書かれていない ── そこにあるのは「現在市場にあるいかなる映像技術をも凌駕するコントラスト比」という定性的な表現だけである。数値として確認できるのは Dolby 自身の発表で、2025年3月24日の Dolby / Christie 共同発表は、次世代の Dolby Vision 映写システムについて「典型的な劇場上映の2倍以上の輝度と、100万対1を優に超えるコントラスト比」と述べている。この次世代機は RGB ピュアレーザー光源を用い、Dolby の Wide Color Gamut 1.0 ── Rec.709 の約2倍、DCI-P3 対応映写機の122パーセントに相当する色域 ── を実現するとされる。

グレーディング側の数値も併記しておく。AVForums の解説によれば、劇場向けの Dolby Vision グレードは2Dで最大108 nits、3Dで48 nits のピーク輝度を持つ(家庭用の Dolby Vision が4,000 nits でグレーディングされるのとは、桁が違う)。31 fL はおよそ106〜108 nits に相当するので、この二つの数字は整合している。

音 ── Dolby Atmos

Dolby Cinema における Atmos の実装は、最大64本のスピーカーで構成される。AVForums の解説では、四隅に1本ずつ配置された4台のサブウーファー、スクリーン裏のスピーカー群、スクリーンから後方まで走る側壁スピーカー、後壁スピーカー、そして2列のオーバーヘッド・アレイという構成が説明されている。仕様の細部は 4-9 で扱う。

IMAXとDolbyの思想の違い

IMAX ── 面積で没入させる

視野の充填率が設計の主軸にある。1.43:1 という縦に長いアスペクト比は、横に広げるのではなく上下に広げて視野の周辺まで画で覆うための比率である。IMAXがブランドの正当性として挙げるのも、まず「周辺視野を満たす度合い」だった。

スクリーンは高ゲインで、輝度は通常の劇場より約60パーセント明るいと同社は説明する。作品が全画面を使い、黒マスキングで面積を捨てないことも、この思想の一部である。

弱点はそのまま裏返しになる。視野を埋めるには物理的な大きさが要り、大きさは建築の制約を受ける。だからこそ「同じロゴで違う体験」という問題が構造的に発生する。

Dolby Cinema ── 階調で没入させる

スクリーンは 2.35:1 の固定高さ (constant height) で、左右にマスキングする。つまり画面の大きさでは勝負していない。

代わりに投じられているのは、黒と輝度のダイナミックレンジである。2Dで31 fL、コントラストは100万対1超(Dolby公称)。3D時ですら14 fL を確保できるため、偏光を保持する必要のあるシルバースクリーンではなく、ユニティゲイン(1:1)のマットホワイトスクリーンを使える。ホットスポットが出ず、波長多重方式の眼鏡によってクロストークも生じない。

弱点は、この差が写真や動画で伝わらないことである。黒が沈んでいることの価値は、その場に座らないと分からない。

なお Dolby Cinema の最初の導入は2014年12月で、オランダの新設シネコン JT Eindhoven が最初期の Dolby Vision 映写機設置館のひとつだった。米国発ではなく欧州発である。2016年8月時点で、Dolby Vision でグレーディングされ Dolby Atmos でミックスされた作品は53本、対応館は米国・欧州・中国に32館という規模だった。

4-5 その他PLF

PLF ── Premium Large Format。IMAXでもDolbyでもない、劇場チェーンが自前で立てた大型スクリーン規格の総称である。

ScreenX CJ 4DPLEX(韓国)

正面スクリーンに加えて左右の壁面にも投影し、270度の視野を作る多面投影方式。CJ CGV傘下の CJ 4DPLEX が開発した。同社の発表によれば、世界40か国に370以上の設置があるとされる。

TCX TOHOシネマズ

TOHOシネマズの独自規格。公式FAQによれば「左右の壁から壁まで一面に広がったスクリーン」で、同規模の座席数のスクリーンより画面サイズを約120パーセント拡大した状態で鑑賞できる、と説明されている。追加料金は不要

ULTIRA イオンシネマ

「天井まで迫り、左右いっぱいに広がる特別仕様の専用スクリーン」と公式が説明する大型スクリーン規格。全国12館。一部館には Dolby Atmos が追加されている。

BESTIA シネマサンシャイン

同じくチェーン独自の大型スクリーン規格とされ、TCX、ULTIRA と並べて比較されることが多い。公称スペックは公開されていない。

ULTRA 4DX 109シネマズ

4DX と ScreenX を組み合わせた複合形式。体感型と多面投影の掛け合わせ。

「PLF」というカテゴリの経済学

これらの規格を技術として比較しようとすると、すぐ壁に当たる。輝度もコントラストも公称値が公開されていないものが多く、比較可能な数値がほとんど存在しないのだ。理由は単純で、これらは技術規格として設計されたものではなく、差別化のためのブランドとして設計されているからである。

構造はこうだ。IMAXやDolby Cinemaを導入すれば、劇場は認証・設備・ブランド使用について相応のコストを払う。一方、同じ作品を高い単価で売りたいという興行側の要求は普遍的にある。ならば、自前のスクリーンに自前の名前を付ければよい ── これがPLF乱立の基本的な力学である。TCXが追加料金を取らないのは、それが集客のための差別化であって課金のための差別化ではない、という位置づけの表明でもある。

この力学は、Dolby側からも読み取れる。2025年3月の Dolby / Christie の発表は、次世代 Dolby Vision 映写機がより軽量・小型になることで「Dolby Cinema に加えて、先ごろ発表された Dolby Vision + Dolby Atmos ソリューション ── 興行会社自身のプレミアム館に向けたもの にも展開できる」と明言している。つまり Dolby は、劇場が自社ブランドのPLFを名乗ったまま中身だけ Dolby にする、という商品を用意しはじめた。ブランドは劇場側が持ち、技術は Dolby が供給する。PLFという枠組みが、技術の名前ではなく値付けの名前であることを、供給側自身が追認した形である。

認証ブランドを導入する IMAX / Dolby Cinema 認証・設備・ブランド使用 劇場側に相応のコスト ブランドは供給側が持つ 自前のブランドを立てる 既存の大型スクリーン 自社で命名 TCX / ULTIRA / BESTIA ブランドは劇場側が持つ Dolby の新しい商品(2025年3月) 劇場自社ブランドのプレミアム館 Dolby Vision + Atmos 中身だけを供給する ブランドは劇場、技術は Dolby
三つの経路はいずれも「同じ作品を高い単価で売る」という同じ目的に行き着く。違うのはブランドを誰が持つかだけである。いちばん下が2025年3月に Dolby が用意しはじめた商品で、ブランドは劇場側に残したまま中身だけを供給する。

4-6 アスペクト比

アスペクト比は、上映フォーマットのなかで唯一、観客がその場で「気づける」パラメータである。同時に、最も誤解されやすい。以下は主要な比率の系譜である。

比率名称・成立代表例経緯
1.19:1ムービートーン比『ライトハウス』(2019)1926年頃〜1932年。35mmフルアパーチャの上に光学サウンドトラックを重ねて焼いたため、画面がほぼ正方形に切り詰められた過渡期の比率
1.33:1サイレント比サイレント期全般音声トラックを持たない時代の標準
1.37:1アカデミー比トーキー初期〜1953年頃1932年にアカデミーが標準化。映写開口 .825 × .602インチ
1.66:1ヨーロッパ系フラット欧州作品に多いアカデミー比の上下を切り詰めるマスキング。映写開口 .825 × .491インチ
1.85:1米国標準フラット『プライベート・ライアン』(1998)1953年導入。テレビへの対抗として各社が一斉にマスキング比を広げた。映写開口 .825 × .446インチ
1.90:1DCIフルコンテナ / IMAXデジタルIMAXレーザー、キセノンIMAXDCIの2Kコンテナ 2048×1080 がほぼこの比率。デジタルIMAXの上限
2.20:170mm / Todd-AO『オクラホマ!』(1955)65mmネガに基づく大判上映の標準比
2.35:1アナモフィック(旧)1957〜1970年SMPTE PH22.106-1957 が 2.35:1 として標準化
2.39:1アナモフィック(現行)現在の「スコープ」全般1970年に SMPTE が 2.35 から 2.39 へ更新
2.55:1 / 2.66:1初期 CinemaScope1953年前後原仕様は35mmサイレント全面に2倍の水平スクイーズをかけて 2.66:1。4トラック磁気音声のためのストライプを設けて 2.55:1 に
2.76:1Ultra Panavision 70『ベン・ハー』(1959)、『ヘイトフル・エイト』(2015)2.20:1 の領域に1.25倍の緩いスクイーズ。上映時に横へ伸ばして 2.76:1
1.43:1IMAX 15/70IMAXフィルム / ドーム / GTレーザー52mm × 70mm のフレーム。横ではなくに広い
1.19:1 ライトハウス 1.37:1 アカデミー 1.43:1 IMAX 15/70 1.85:1 ビスタ 1.90:1 IMAXデジタル 2.20:1 70mm 2.39:1 スコープ 2.76:1 Ultra Panavision 70
高さを揃えて並べたもの。左端の 1.19:1 から右端の 2.76:1 まで、横幅は 2.3 倍以上に広がる。1.43:1 だけがこの並びの外にあり、IMAX が「横に広い」のではなく「縦に広い」規格であることが分かる。

比率が持つ性格は、幅そのものよりも「どちらに余白が伸びるか」に宿る。2.39:1 は、人物を画面の端に置いても両側に世界が残る ── 叙事詩や西部劇がこの比率を好んだ理由である。逆に 1.19:1 や 1.33:1 では、人物の頭上と足元に余白がなく、画面が身体を上下から挟む。『ライトハウス』が 1.19:1 を選んだのは、その圧迫を演出として使うためだ。そしてIMAXの 1.43:1 は、この二つのどちらとも違う ── 横に広げて情報を増やすのではなく、縦に広げて視野の外周まで画で埋めるための比率である。

上映時のマスキング問題

ここからが上映側の話になる。劇場のスクリーンは、大きく二つの設計思想に分かれる。

固定高さ (constant height)

スクリーンの高さを基準にし、2.39:1 のスコープ作品で左右いっぱいまで使う。1.85:1 のフラット作品は同じ高さのまま横幅を縮め、左右をマスキングで隠す。

スコープ作品が最大サイズになるので、大作の多くが恩恵を受ける。Dolby Cinema がこの方式を採り、2.35:1 のスクリーンに左右マスキングを備えている。

固定幅 (constant width)

スクリーンのを基準にし、1.85:1 のフラット作品で上下いっぱいまで使う。2.39:1 のスコープ作品は幅そのままで高さが縮み、上下をマスキングで隠す。

シネコンの標準的な設計はこちら寄りで、結果として「スコープ作品のほうが小さく見える」現象が起きる。

問題はマスキングを装備しない劇場である。可動マスキング(通常はメタルレール上のウールサージ)は機構と保守のコストがかかるため、省略される。マスキングがないと、上映されない領域には映写機からの黒信号が投射されつづける。デジタル映写機の「黒」は光の完全な不在ではないため、この領域は灰色に浮く。結果として、画面の周囲に薄明るい枠が付き、本編の黒の締まりも失われる。

これは些細な問題ではない。4-4 で見たように、Dolby Cinema が投じているコストの大半は黒とコントラストに向いている。マスキングを持たない劇場では、その差の一部が上映の時点で相殺される。上映フォーマットの品質は、映写機のスペックだけでは決まらない。

固定高さ (constant height) 2.39:1 の作品 高さを基準に投影 左右いっぱいまで使う スコープが最大サイズになる 固定幅 (constant width) 2.39:1 の作品 幅を基準に投影 上下をマスキングで隠す フラット作品より小さく見える マスキングを持たない劇場 2.39:1 の作品 上下へ黒信号を投射しつづける 帯が灰色に浮く 本編の黒の締まりも失われる
同じ 2.39:1 の作品が、劇場の設計しだいで三通りに着地する。読むべきは各段の終点で、上の二つは大きさの問題にとどまるが、いちばん下だけは黒の質の問題になる。デジタル映写機の「黒」は光の完全な不在ではないためである。

4-7 フレームレートとシャッター角(上映側)

3-8 で見たとおり、撮影側の物理は明快である。24fps でシャッター開角度180度なら、1コマあたりの露光時間は 1/48秒。この 1/48秒のあいだに被写体が動いた分だけ、フィルム上に軌跡としてのモーションブラーが焼き付く。上映側の話は、この撮影された 1/48秒をどう再生するかに尽きる。

24fps は何によって決まったか

通説は「トーキー導入時に、音声を安定して同期・再生するために必要な速度として 24fps が演繹された」というものである。この通説は誤りである。

Sponable の同時代資料を検証している silentfilmmusic.com によれば、90 ft/min ── すなわち 24fps ── は1926年に Western Electric が選んだ数値だが、その選定理由は音声の技術的要請ではなく、全米の劇場で実際に上映されていた平均速度だった。根拠は Stanley Watkins の1961年インタビューで、Scott Eyman『The Speed of Sound』に収められている。詳細は C3 に譲る。

要するに、24fps は物理定数ではなく、当時の興行実態から取られた中間値の追認である。

上映側の HFR 対応

DCI Digital Cinema System Specification v1.3 が規定するフレームレートは、驚くほど保守的である。

必須
24.000 Hz
DCDM画像構造が対応を要求される唯一のレート
任意 / 2K限定
48.000 Hz
4K配信は24 FPSのみ
最大ビットレート
250 Mbit/s
24 FPS時、1フレーム1,302,083バイト

つまり 48fps を超える HFR ── 『ホビット』(The Hobbit, 2012) の48fps、『ジェミニマン』(Gemini Man, 2019) の120fps ── は DCI 本体仕様の範囲外であり、後続の SMPTE 規格・拡張で扱われる領域にある。映写機側の対応は、規格の必須要件ではなく個別の投資判断だった。実際、2012年に『ホビット』の48fps版が持ち上がったとき、Regal Entertainment Group のCEO Amy Miles は自社の3D映写機2,500〜2,700台を48fps再生に対応させたいと述べている。そして『ホビット』は、24fps版をHFR版と並べて、IMAX・3D・2Dの全形式で配給された。HFRは置き換えではなく、追加された上映レイヤーとして出荷されたのである。

『ジェミニマン』本予告(パラマウント・ピクチャーズ公式)。ここで見られるのは 2D・24fps に落とし込まれた版で、アン・リーが意図した 3D・4K・120fps ではない。DCI 本体仕様が 24.000 Hz しか必須にしていないという一点が、作品をこの形でしか流通させなかった。

可変HFR ── 『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(Avatar: The Way of Water, 2022) は、この問題に対して技巧的な解を出した。作品全体を48fps のコンテナで走らせたうえで、24fps に見せたい部分では同じフレームを2回表示する。ジェームズ・キャメロン自身が「既存のHFRプラットフォームを使うための単純なハック」と説明したこの方式によって、水中や飛行の場面では48fps の実在感を、対話の場面では24fps の映画的な質感を、同一の上映内で切り替えられる。報告によれば、切り替えは数分間に十数回に及ぶ場面もある。

水中・飛行の場面 48fps のコンテナ 48コマとも別の画 毎秒48の異なる像 実在感が上がる 人が立って話している場面 48fps のコンテナ 同じ上映・同じ映写機 同じコマを2回表示 毎秒24の異なる像 24fps の映画的な質感
上映側から見た可変HFR。コンテナは終始 48fps のまま動かず、切り替わるのは「同じコマを2回出すかどうか」の一点だけである。映写機側には何の改造も要らない ── キャメロンがこれを「既存のHFRプラットフォームを使うための単純なハック」と呼んだのはそのためである。

この設計が示唆的なのは、キャメロンが HFR を「上位互換の高画質」としてではなく、演出上のスイッチとして扱っている点である。彼の説明はこうだ ── 水中や飛行では臨場感を高めたいのでHFRが効く。だが人が立って話しているだけの場面では、HFRは過剰な現実感を持ち込んでしまい、24fps の映画的な質感のほうが必要になる。

4-8 3D

3Dは、上映フォーマットのなかで最も多くの技術的世代を持ちながら、最も定着しなかった形式である。まず技術史を整理する。

アナグリフ anaglyph

赤と青(あるいは赤とシアン)のフィルタで左右の像を分離する最古の方式。色情報が犠牲になるため、劇場用のカラー作品には向かない。

偏光 ── RealD circular polarization

映写レンズの直前に ZScreen と呼ばれる液晶変調器を置き、フレームごとに偏光方向を切り替える。RealD は円偏光を使うため、観客が首を傾けても像が二重になったり暗くなったりしない(直線偏光の弱点)。ただし偏光を保持するためにシルバースクリーンが必須になる。通常の拡散白色スクリーンでは反射時に偏光が崩れるためである。RealD 自身の見積もりでは、観客に届く光量は同条件の2D上映の約35パーセントとされる。

アクティブシャッター ── XpanD active shutter

眼鏡側に液晶シャッターを組み込み、左右の像に同期して交互に遮光する。シルバースクリーンが不要で既存の白色スクリーンを使えるが、眼鏡が重く、電池を要し、館側の管理コストが高い。

波長多重 ── Dolby 3D Infitec / spectral separation

ドイツ Infitec GmbH の技術をライセンスした方式。左眼用の眼鏡は赤・緑・青それぞれの特定の狭い波長帯だけを通し、右眼用は別の波長帯を通す。映写機側には対応するダイクロイックフィルタを置く。シルバースクリーンが不要で、クロストークは全スペクトル域で1パーセント未満と報告されている。Dolby Cinema がユニティゲインのマットホワイトスクリーンを使えるのはこの方式のおかげである。

HFR 3D high frame rate 3D

フレームレートを上げることで、3D特有のストロボ感とちらつきを軽減する試み。『ホビット』の48fps、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の可変48fpsがこれにあたる(4-7)。

偏光 ── RealD ZScreen で偏光方向を切り替え 円偏光 シルバースクリーンが必須 白色拡散では偏光が崩れる 届く光は2Dの約35% RealD 自身の見積もり 波長多重 ── Dolby 3D 左右で別の狭い波長帯を通す Infitec マットホワイトで可 ユニティゲイン クロストークは全域で1%未満 アクティブシャッター ── XpanD 眼鏡側の液晶で交互に遮光 既存の白色スクリーンで可 眼鏡が重く電池が要る 館側の管理コストが高い
左右の像をどう分離するかの違いは、そのまま「劇場のスクリーンに何を要求するか」の違いになる。真ん中の経路だけがシルバースクリーンを必要としない。Dolby Cinema がユニティゲインのマットホワイトを使えるのは、この経路を採っているからである。

輝度低下 ── 3Dが抱えた原理的な負債

3Dが定着しなかった理由を一つ挙げるなら、暗さである。数値で追うと、この問題の深刻さが分かる。

SMPTE が定める劇場映写輝度の標準は 16 fL である。ただしこれは映写機に素材を通さない状態での値で、実際の2D上映では光学系の損失により約 14 fL に落ち着く。ここから3Dにすると、左右の眼に光を振り分ける原理上、輝度は半減する ── 14 fL の像が 7 fL になる。さらに眼鏡(偏光であれスペクトル分割であれ)による追加損失が乗る。TheWrap の記事によれば、典型的な3Dシステムは2Dに対して最大80パーセント以上の光を失い、上映が 2〜3 fL まで落ちることがある。

SMPTE の標準 映写機に素材を通さない状態 16 fL 実際の2D上映 光学系の損失後 14 fL 3D ── 左右の眼へ分ける 原理上の半減 7 fL 眼鏡の損失込み 2Dに対し最大80%以上を失う 2〜3 fL
上から順に、光がどこで失われるかを段にしたもの。帯の長さがその段を通過したあとの残量にあたる。三段目の半減は左右の眼に振り分ける以上どうやっても避けられない原理的な損失で、四段目が眼鏡による追加分である。リプトンが証言する『アバター』の 4.5 fL は、三段目と四段目のあいだに位置する。

『アバター』ですら、上映輝度はだいたい 4.5 フート・ランバートだった。

レニー・リプトン · RealD開発者 / TheWrap (2010)

3Dのために光量を最大限に稼ぐよう作られた『アバター』(Avatar, 2009) にして、通常の2D作品の約半分の水準である。当時の業界の対策として挙げられていたのは、高ゲインスクリーン(約2 fL の底上げ)、IMAX方式のデュアル映写機、Oculus3D(2〜3倍)、そしてレーザー光源(3〜5倍)だった。ソニーの技術部門トップ Chris Cookson は、レーザー光源の開発が最も有望だと述べている ── 実際、その予測は正しかった。Dolby Cinema がレーザーによって3D時 14 fL を確保していることは 4-4 で見たとおりであり、これは当時の典型的な3D上映の3〜7倍の明るさにあたる。IMAXが「一般的な劇場プロジェクターより約60パーセント明るい」ことを3Dの文脈で強調するのも、同じ理由である。

SMPTE標準
16 fL
素材を通さない状態
実際の2D上映
14 fL
光学系の損失後
典型的な3D上映
2〜3 fL
最大80%以上の光を失う
『アバター』
4.5 fL
リプトンの証言

なぜ「フォーマット」として定着しなかったのか

理由は四つに整理できる。

輝度。 上に見たとおり、原理的な半減と眼鏡の損失は避けられない。Laser Light Engines の Doug Darrow が当時述べたように、観客と業界関係者の主要な不満は一貫して「暗すぎること」であり、映写技術がコンテンツ側の要求に追いついていなかった。作り手が明るい環境を想定して撮った画が、上映の時点で暗く沈む ── これはフォーマットの失敗というより、撮影レイヤーと上映レイヤーの不整合である。

眼精疲労。 輻輳(両眼が寄る角度)と調節(水晶体の焦点)が、現実では連動しているのに3D上映では乖離する。この不整合は長時間の視聴で疲労を生む。

追加料金。 日本のシネコンでは、3D上映は通常料金に加えて500円、さらに3D眼鏡代200円という設定が一般的である(ユナイテッド・シネマ豊洲の公式料金表)。暗く、疲れる体験に、追加で700円を払う理由を観客に説明しつづけるのは難しい。

コンテンツ側の必然性の欠如。 これが最も大きい。3Dが演出上の必然として機能した作品は多くない。多くの作品では、3Dは撮影後に付加される変換工程であり、演出判断ではなかった。DMRと同じ構図がここにもある ── 上映側で追加された処理が、作品の設計にフィードバックされていないとき、それは差別化にはなっても体験にはならない。

4-9 音響

画のスペック差は写真に写る。音のスペック差は写らない。にもかかわらず、上映体験を左右する比重は、おそらく音のほうが大きい。

Dolby Atmos ── オブジェクトベースという設計

Dolby Atmos はシネマ用として2012年にローンチされ、米国映画芸術科学アカデミーの科学技術賞 (Scientific and Engineering Award) を受賞している(Dolby公式仕様書 Issue 5, 2025年10月による)。

その設計思想の核心は、音の位置を「どのスピーカーから出すか」ではなく「空間のどこにあるか」として記述することにある。Dolby の公式説明によれば、Atmos は最大128の音声要素 ── 9.1のベッド(従来型のチャンネルベース成分)と、最大118のオブジェクト ── をパッケージし、劇場側のプロセッサが最大64の独立したスピーカー出力へリアルタイムでレンダリングする。

この設計の帰結として、Atmos館の仕様は「5.1」「7.1」のようなチャンネル数では記述できない。Dolbyの仕様書は代わりにゾーンとリージョンで規定する。ゾーンは6つ ── 左サイド、右サイド、左リア、右リア、左トップ、右トップ。サイドとトップの各ゾーンはさらにリージョンに分割され、各リージョンは左右のスピーカーペアを含む。スクリーンに最も近い最前列のリージョンは、常に単一のL/Rペアで構成される。

5.1 SCREEN 映写機
比較のための 5.1。スクリーン裏に L/C/R の3本、側壁と後壁にサラウンド。チャンネルの数がそのまま配置を決めており、音の位置は「どのスピーカーから出すか」として記述される。
Dolby Atmos SCREEN 映写機 天井
同じ客席に Atmos を敷いた場合。増えているのは側壁と後壁の密度、そして天井のアレイである。ゾーンは左右のサイド・リア・トップの6つで、サイドとトップはさらにリージョンに分割される。最前列のリージョンは常に単一のL/Rペアで構成される。

数値要件も具体的である。

  • スクリーンスピーカーは、基準聴取位置 (RLP ── 客席の後壁までの距離の2/3の点、通常はスクリーン中心線上) で 105 dB連続SPL の最大出力能力を持つことが必須。
  • サラウンドスピーカーは個々が 99 dB連続SPL、アレイ全体としては RLP で 105 dB連続SPL。
  • スクリーンスピーカーは最低3本(L/C/R)が必須。スクリーン幅が12メートル(約40フィート)を超える場合は、レフトセンター/ライトセンターを加えた計5本が推奨される。
  • 周波数レンジ要件は 40 Hz〜16 kHz(+3/−6 dB)、周波数レスポンスは 80 Hz〜16 kHz(±3 dB)で、ISO 2969:1987 / SMPTE ST 202:2010 に準拠すること。
  • LFE(低域効果)用サブウーファーは 31.5〜120 Hz でフラット(±3 dB)、フルレンジのスクリーンチャンネルと比較して +10 dB のインバンドゲイン(SMPTE RP 200)。

DTS:X と Auro-3D

Atmos だけがイマーシブ音響ではない。

DTS:X は2015年に登場したオブジェクトベース方式で、オープンソースの MDA(multi-dimensional audio)プラットフォームを基盤とする。Atmos が特定の参照レイアウトを前提とするのに対し、DTS:X は特定のスピーカー配置を要求しない設計になっている。

Auro-3D は2005年に Wilfried Van Baelen(Auro Technologies / Galaxy Studios)が考案した方式で、Atmos や DTS:X とは異なりチャンネルベースである。既存の5.1にハイトとオーバーヘッドのチャンネルを積み増す発想で、劇場向けの主要構成は Auro 11.1 と Auro 13.1。商業映画館向けの理想解としては 11.1 が位置づけられ、Barco がこれを支持した。

IMAX の 6ch と 12ch

4-1 で見たとおり、IMAX の音響は世代で分かれる。フィルムおよびキセノンデジタルは6チャンネル。2015年の IMAX with Laser 以降のレーザー機(GTデュアルレーザー、シングルレーザー)は12チャンネルが標準で、サイドおよびオーバーヘッド(天井)のスピーカーが新たに加わった。Laser XT は6chと12chの両方の設置例が報告されている。IMAX側は、標準的な劇場より1オクターブ低い低音を再生できることを差別化として主張している。

音の比重を再評価する

ここまでの数値を並べると、ひとつの傾向が見える。

同じ作品を2Kデジタルで観るか4Kデジタルで観るか ── この差を、通常の座席距離から判別できる観客は多くない。一方、105 dB連続SPLを出せるスクリーンスピーカーと、そうでないもの。31.5 Hzまでフラットに出るサブウーファーと、80 Hzで落ちるもの。オーバーヘッドスピーカーの有無。これらの差は、判別できるかどうかを問う以前に、身体的な出来事として届く。

IMAX が「1オクターブ低い低音」を、Dolby が「64スピーカー」を差別化の第一線に置くのは、マーケティング上の便宜ではない。画の差が飽和したあと、体験の差を作れる余地が主に音の側に残っているからである。上映フォーマットを選ぶとき、解像度の数字より音響の仕様を見たほうが、体験の差を予測できる場合が多い。

なお、日本には「轟音上映」という独自の上映形態があり、規格ではなく劇場ごとの調整によって成立している。詳細は C6 で扱う。

4-10 4DX / MX4D / ScreenX

座席を動かし、風・水・香りを足す。CJ 4DPLEX

左右の壁にも投影して視野を約270度に広げる。同じく CJ 4DPLEX

体感型フォーマットは、画と音の外側 ── 座席と空気 ── に働きかける。

4DX は CJ 4DPLEX(韓国、CJ CGV傘下)の規格である。109シネマズの公式説明によれば、座席は前後(ピッチ)・左右(ロール)・上下(ヘイブ)の3軸で動き、加えて背中と座面のシェイカー、脚部のティクラーといった触覚効果を持つ。環境効果としてミスト、フォグ、風、香り、雨、稲光の閃光、顔面へのエアショットなどがある。Variety の取材で CJ 4DPlex のコンテンツ・制作担当SVP Paul Kim が述べたところでは、全設備を通じた効果の種類は21種。水しぶきは座席右側のスイッチでON/OFFを切り替えられる。

MX4D は米 MediaMation の規格で、座席が前後・左右に傾き、エアブラスト、風、水しぶき、ネックティクラー、レッグティクラー、座席トランスデューサーを標準とする。オプションで座面下のポッパー、背中のポーカー、香り、そして館内効果としての風・雨・雪・泡・フォグ・ストロボ・照明が加わる。

ScreenX は 4-5 で触れたとおり、正面+左右壁面の270度投影である。

ScreenX 側面 側面 SCREEN 映写機
上から見た配置。正面スクリーンに加えて、客席の左右の壁面そのものが投影面になる。この二つの側面に映る画は本編のどこにも存在しない ── そこが次の問題につながる。

専用データを別途作らなければならない

三者に共通し、そして最も重要な性質は、作品ごとに専用の演出データを別途制作しなければならないことである。

4DXでは、座席の動きと環境効果のタイミングを1本ごとにプログラムする。ScreenX では、左右壁面に投射する映像そのものが存在しない ── 本編は正面スクリーンの比率で撮られているからだ。従来の方式は3D変換に近く、CJ 4DPlex の社内制作チームが、監督とスタジオから未使用素材やアセットの提供を受けて側面の画を作り込む。近年はこれが後工程からプリプロダクションへ移りつつあり、CJ 4DPLEX の担当者が撮影現場に入って初日から ScreenX を制作プロセスに統合する「Shot for ScreenX」の事例が出てきている。専用のカメラリグや多カメラアレイで側面素材を実撮影し、本編と同じレンズ・同じライティング・同じ質感を確保するという方向である。

従来の ScreenX ── 後工程として 本編は正面の比率で撮影 完成後に CJ 4DPlex へ 社内制作チームが担当 未使用素材から側面を作る 演出データを作り手以外が作る Shot for ScreenX ── プリプロダクションから 撮影初日から現場に入る CJ 4DPLEX の担当者 専用リグで側面を実撮影 多カメラアレイ 本編と同じレンズと光 同じ質感を確保する
ScreenX の側面映像を、いつ誰が作るか。上は本編の完成後に始まる後工程で、側面の画を作るのは作り手ではない。下の「Shot for ScreenX」では、同じ工程が撮影初日まで前倒しされ、側面素材も実撮影になる。この位置の違いが、体感型が付加サービスに留まるか演出の一部になるかを分ける。

この「別途制作」という性質が、体感型フォーマットの評価を二分する。

映画体験の拡張である

映画は成立の当初から、上映装置の側で体験を作ってきた。Cinerama は146度の湾曲スクリーンと7チャンネルの音響で観客を包み、Todd-AO は深い湾曲スクリーンに合わせてプリント工程そのものを設計した。座席を動かすことは、その延長線上にある。

そして「Shot for ScreenX」のように、制作側が最初から関与する形式が現れたことは、体感型が付加サービスから演出の一部へ移行しうることを示している。

遊園地化である

だが実装の大半は、完成した作品に後から効果を貼り付ける工程である。作り手のリズムに介入する演出データを、作り手以外が作っている。

しかも効果は、作品の内容に対して選択的ではない。カットが変わるたびに座席が反応する設計は、観客の注意を画面から座席へ引き剥がす。演出とは何を見せるかと同じくらい、何を見せないかの選択であるはずだが、体感型はその選択権を上映装置に譲り渡す。

相性は極端に出る。カーチェイス、飛行、戦闘、ライブ映像 ── 身体運動が画面の主題であるものでは、座席の運動は画と一致する。逆に、対話劇、静止した長回し、間の演出 ── 動かないことが意味を持つ場面では、座席の効果は端的に邪魔になる。フォーマットの選択が演出判断であるという本稿の主張は、ここでは最も分かりやすい形で現れる。体感型は、その作品が身体的な運動を主題にしているかどうかで、価値が反転する。

4-11 比較表

以下は本章で扱った上映フォーマットの一覧である。値が確認できなかったものは「—」とした。推測では埋めていない。

フォーマット投影方式実効解像度アスペクト比輝度 (fL)コントラスト音響日本の追加料金
通常デジタル (2K)DCI準拠映写機1台2048×10801.85:1 / 2.39:1約14(SMPTE標準は16)約2,000〜2,500:1(二次情報)5.1 / 7.1 ほかなし
通常デジタル (4K)DCI準拠映写機1台4096×21601.85:1 / 2.39:1約14約2,000〜2,500:1(二次情報)5.1 / 7.1 ほかなし
IMAX デジタル (キセノン)改造2K DLP映写機2台スタック2048×1080 × 2台最大 1.90:1一般的な劇場の約1.6倍とIMAXが主張IMAX 6chデジタル
IMAX レーザー (1.90:1)4Kレーザー映写機1台4096×2160最大 1.90:1同上IMAX 12ch(Laser XTは6chの例も)
IMAX レーザーGT (1.43:1)4Kレーザー映写機2台4K × 2台最大 1.43:1同上IMAX 12ch通常料金+900円、IMAX 3Dは+1,400円(グランドシネマサンシャイン池袋の公式提示)
IMAX 15/70 フィルムローリングループ式15/70映写機理論値 約12,000×8,700 / 判別可能 約6,120×4,500(コンタクトプリントなら18K相当との撮影監督証言あり)1.43:1別走行の6chデジタル
Dolby CinemaChristie製デュアル4Kレーザー(6Pレーザー光源)4096×21602.35:1 固定高さ + 左右マスキング2Dで最大31、3Dで最大14100万対1を優に超える(Dolby公称、2025年の次世代機について)Dolby Atmos / 最大64スピーカー
ScreenX正面 + 左右壁面への多面投影270度視野(正面は館の標準比)館の設備に依存
4DX通常映写 + モーションシートと環境効果上映方式に依存上映方式に依存館の設備に依存4DX2Dは+1,000円、4DX3Dは+1,500円(ユナイテッド・シネマ豊洲の公式料金表)
35mm フィルム光学式フィルム映写1.37 / 1.66 / 1.85 / 2.39(映写開口板による)光学式 / SR / SRD / DTS ほか
70mm フィルム光学式フィルム映写2.20:1(Ultra Panavision は 2.76:1)6トラック磁気 または DTS(フィルム上に音声を持たない例あり)

この表をどう読むか

第一に、空欄の多さそのものが情報である。 輝度とコントラストの列は、Dolby Cinema と通常デジタルを除いてほとんど埋まらない。IMAX も、PLF各社も、fL値やコントラスト比を公表していない。IMAXが公表するのは「一般的な劇場プロジェクターより約60パーセント明るい」という相対値であって、絶対値ではない。相対値は基準の取り方で変わるので、他社と比較できない。これは偶然ではなく、比較されないための情報設計である。

第二に、解像度の列は最も意味が薄い。 IMAXデジタル(キセノン)の 2048×1080 と、IMAXレーザーGT の 4K×2 のあいだには4倍以上の画素数差があるが、両者は同じ「IMAX」のロゴを掲げる。逆に、通常デジタル4K(4096×2160)と IMAXシングルレーザー(4096×2160)は同じ画素数である。解像度だけを見るなら、IMAXシングルレーザーは通常の4K上映と同一のスペックだ。 差は画面サイズ、輝度、音響、そしてアスペクト比のほうにある。

第三に、アスペクト比の列がIMAXの階層を最も明確に示す。 1.43:1 と 1.90:1 の違いは、画面の縦方向の広がりの違いであり、上下の視野が画で埋まるかどうかの違いである。IMAXを選ぶ理由がこの縦の広がりにあるのなら、確認すべきはロゴではなく、この一列だけでよい。

第四に、音響の列は世代差を素直に反映している。 IMAXの6chと12ch、Dolby Atmos の最大64スピーカー、通常デジタルの5.1/7.1。4-9 で論じたとおり、画の差が飽和した領域では、この列が体験差の主要な説明変数になる。

第五に、料金の列は意図的に薄い。 追加料金は劇場チェーンごと、館ごと、作品ごとに異なる。ここに載せたのは公式に提示されている数値だけである。「IMAXは一般に数百円から千円程度の追加」といった相場観は流通しているが、出典のない相場観を表に書くことはしない。

そして表全体を貫く教訓は、一つである。上映フォーマットの名前は、体験の質を保証しない。 保証するのは、この表のどの行に自分が座っているかを知ることだけである。

出典

05

監督とフォーマット

フォーマットの選択は照明や美術と同列の演出判断である ── 噛み合った作品と、空回りした作品の両方から考える。

5-1 総論 ── 演出装置としてのフォーマット

演出について語るとき、われわれは照明を語り、美術を語り、レンズを語る。だがそれらと同じ列に「フォーマット」を置く習慣は、まだ十分に定着していない。何ミリのフィルムで撮るか、何コマで回すか、画面の縦横比をいくつにするか ── これらは技術部門の内部事情であって、演出とは別の話だと思われがちである。本章はその区分を疑う。

フォーマットの選択には、照明や美術にはない二つの特殊性がある。

第一に、撤回できない。照明は現場で足せるし引ける。美術はシーンごとに変えられる。編集はいくらでもやり直せる。だがフィルムゲージとアスペクト比は、撮影初日より前に決まり、以後その作品全体を貫く。ロバート・エガース『ライトハウス』(The Lighthouse, 2019) の脚本には、一ページ目に「35mm黒白フィルム」と並んで「1.19:1」が要求事項として書き込まれていた、と撮影監督ジェイリン・ブラシュケは証言している。フォーマットは脚本と同じ層にある決定なのだ。

第二に、観客席まで届くとは限らない。照明の選択は、どんなスクリーンで観ても照明の選択として届く。だが「IMAX上映のときだけ画面の上下が開く」という設計は、観客が入った劇場にその設備がなければ、はじめから存在しなかったことになる。3章と4章で見たとおり、撮影レイヤーと上映レイヤーは別の階層であり、監督が完全に決められるのは前者だけである。フォーマットとは、演出判断でありながら、その完成を興行と観客の選択に委ねるしかない唯一の演出判断だ。

そしてこの決定は、常に物理的な在庫と折り合わされる。IMAXの15perfフィルムカメラは世界に十数台しか存在せず、マガジンは2分ほどしか回らない。65mmネガを現像できる現像所は事実上 FotoKem 一社である。作家の意図は、機材の台数と現像所の生存という、身も蓋もない条件のうえに立っている。

5-2 フィルムとIMAX

Christopher Nolan

Christopher Nolan

IMAX 15perf のフィルムに執着し、画面比の切り替えを署名にした

Republic of Korea / CC BY-SA 4.0

Denis Villeneuve

Denis Villeneuve

デジタル IMAX で空間を設計する

Raph_PH / CC BY 2.0

Jordan Peele

Jordan Peele

『NOPE』で空を撮るために縦に広い画面を選んだ

Kevin Edwards from Palo Alto / CC BY 2.0

Ryan Coogler

Ryan Coogler

1.43:1 と 2.76:1 を距離で使い分ける

Kevin Paul / CC BY 4.0

この節で扱う四人。写真はいずれも Wikimedia Commons のクリエイティブ・コモンズ画像で、撮影者名とライセンスを各写真の下に示している。

クリストファー・ノーラン ── 騒音が生んだ画面比

2007年5月、『ダークナイト』(The Dark Knight, 2008) の製作にあたって、ノーランは4つのシークエンスをIMAXカメラで撮ると発表した。AP通信の報道は、これを「IMAXカメラを部分的にでも使って撮影された初の主要な長編」と位置づけている。ノーラン自身のコメントはこうだ ── 「観客をアクションのなかへ投げ込むという点で、IMAXフォーマットに比肩する既存技術は存在しない」。撮影監督ウォーリー・フィスターとノーランは、それまで1フレームもIMAXを回したことがなかった。最終的に約30分がIMAXで撮られた。

このとき生まれたのが、以後のノーラン作品の署名となる可変アスペクト比である。同じAP記事は、その挙動をこう説明している ── 「該当のシーンが上映されるとき、アスペクト比はより大きなサイズへと変形し、映像がスクリーン全体を満たすように拡張する」。IMAX社はこれを「Expanded Aspect Ratio」と呼ぶ。同社ポストプロダクション責任者ブルース・マーコウが Variety に語ったところでは、デジタルIMAXにおけるこの拡張比は 1.90:1 であり、IMAXフィルムカメラで撮られた素材はカメラの構造上そもそもこの縦長比を持っている。

1.43:1 フィルムIMAX 1.90:1 デジタルIMAX
「画面が開く」と言うとき、開いた先の枠は劇場によって違う。IMAXフィルムを映せる館では 1.43:1 まで、デジタルIMAXの館では 1.90:1 まで。横幅を揃えて重ねてあるので、差はすべて上下に出る。4-1 の図が上映館ごとの損失を示すものだったのに対し、ここで見るべきは切り替えのほうである ── 同じ一本の上映のなかで、場面によって枠が出入りする。それがノーランの用法だ。

ここで見落とされがちなのは、画面比が切り替わる理由が、まず録音の都合だということである。IMAXフィルムカメラはうるさい。回っている横で俳優が喋っても、使える台詞が録れない。ホイテ・ヴァン・ホイテマは『ダンケルク』(Dunkirk, 2017) についてこう言っている。

IMAXカメラはうるさい。音と台詞を録りたいなら、別のフォーマットで作業しなければならない。だからわれわれは可能なかぎりIMAXで撮り、台詞には次善のフォーマットである65mmを使った。純粋に実務的な判断だった。

ホイテ・ヴァン・ホイテマ · British Cinematographer, 2017

台詞用に使われた Panavision Panaflex System 65 Studio は防音ブリンプ付きで、同録に耐える。つまり「アクションはIMAX、会話は65mm」という配分は、美学的発明である前に、マイクが拾う音の問題への対処だった。にもかかわらず、その配分は結果として語り口そのものになった。画面が開くとき、観客は「ここは大きな出来事だ」と受け取る。制約が文法に転化したのである。

アクションと風景 IMAX 15perf マガジン約2分 同録できない カメラがうるさい 画面が開く IMAXの縦長比 台詞のある場面 Panaflex 65 マガジン約8分 同録できる 防音ブリンプ付き 画面は開かない
『ダンケルク』の配分を工程として並べたもの。分かれ目にあるのは美学ではなくマイクである ── 使える台詞が録れるかどうかで、その場面をどちらのカメラで撮るかが決まり、結果として画面比まで決まる。マガジンの長さはヴァン・ホイテマの証言による。

比率は作品ごとに変わる。コダックによれば『ダンケルク』は推定75パーセントがIMAXで、ノーランの過去作のどれよりも多くのIMAXフィルムを消費した。IndieWire は『TENET テネット』(Tenet, 2020) を50パーセントとしている。『インターステラー』(Interstellar, 2014) では、ヴァン・ホイテマがIMAXカメラを肩に載せるという、それまで誰もやらなかったことをやった。

IMAXはずっと不器用なものだと思われていて、みんなレールに載せて景色を撮るか、ダリーに載せるかしかしなかった。私にはただ夢があった ── このフォーマットで、小型カメラでやるようなもっと親密で柔軟なことができないだろうか、と。とにかくあの塊を肩に載せたかった。少しカメラを再設計して、いくつか外して、支持する方法を見つけた。だから私はIMAXのほとんどを手持ちで撮ることになった。

IMAXの縦長い画面は、遠景のためのものではなく、顔のためのものになった。ヴァン・ホイテマが『オッペンハイマー』(Oppenheimer, 2023) について、IMAXの実用的な焦点距離は50mmと80mmだと述べているのも同じ論理である。それより長いと画面が平板になり、短いと魚眼のように周辺が歪む。50mmと80mmは、人間を人間の大きさで撮るための焦点距離だ。

もう一つの柱が、デジタル中間工程を通さないパイプラインである。ノーランがフィルムに固執するのは懐古趣味ではない、というのは彼自身の説明を読めばはっきりする。2012年の全米監督協会 (DGA) の機関誌でのインタビューで、彼はこう述べている。

フィルムで撮ってフィルムで映写し、デジタル中間工程を挟まないことで、われわれは多くの金を節約している。実のところ、私は一度もDIをやったことがない。フォトケミカルなら、腕のいいタイマーが3〜4回のパスで色を決められる。12〜14時間だ。DIスイートでの7〜8週間に対して。

『ダークナイト』にもデジタルタイミングは使われていない。ヴァン・ホイテマは『ダンケルク』のアナログ・プリント工程を「比較を絶している。プリント版を作るのに2週間しかかからなかった」と語る。『オッペンハイマー』では、デジタル配給版 (DCP) すらフォトケミカルにグレーディングされたフィルム素材の8Kスキャンから作られている。順序が逆なのだ ── 普通はデジタルが原本でフィルムが派生物だが、ノーランの現場ではフィルムが原本でデジタルが派生物である。「フィルムで撮る」という選択は、そのまま「ポストプロダクション全体をアナログに保つ」という選択とセットになっている。

そして2026年、この節の議論を書き換える出来事が起きた。IMAX社は2022年に、コダック・パナビジョン・FotoKem と組んで次世代の65mmフィルムカメラ群を開発すると発表していた。仕様の助言にはノーランとジョーダン・ピールが加わった。完成したカメラは、53年にわたりIMAXの品質責任者を務めたデイヴィッド・キーリーの名を取って Keighley と名づけられた。IMAX社は従来機比で30パーセント静かだと公称し、ヴァン・ホイテマ自身はもう少し控えめに「15〜20パーセント程度」と述べたうえで、音の差をこう表現している ── 「壊れた芝刈り機」と「よく油の差さったミシン」の違いだ、と。ノーランの言葉はもっと直截である。「囁いている俳優の顔の30センチ手前にカメラを置いて、使える音が録れる」。

その結果生まれたのが『オデュッセイア』(The Odyssey, 2026) であり、これはIMAX 15perf/65mmカメラだけで全編撮影された史上初の長編である。

ここに含意がある。**ノーラン映画のトレードマークだった画面比の切り替わりは、発明ではなく制約の痕跡だった。**カメラが静かになった瞬間、切り替わりは消える。20年近くかけて「IMAXになると画面が開く」という文法を観客に教え込んだ当の作家が、その文法を成立させていた条件を工学的に破壊したのである。

従来のIMAXフィルムカメラ 騒がしい 壊れた芝刈り機 台詞は65mmへ 画面比が切り替わる Keighley 以後 静かになる 公称30%・実感15〜20% 台詞もIMAXで録れる 全編をIMAXで 『オデュッセイア』
上段が『ダークナイト』以来の条件、下段が Keighley 以後。可変アスペクト比という文法は、左端の一箱 ── カメラの騒音 ── だけに支えられていた。そこが変われば右端も変わる。静かさの程度は、IMAX社の公称値とヴァン・ホイテマの実感の両方を併記した。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ ── デジタルIMAXという別解

ヴィルヌーヴの『DUNE/デューン 砂の惑星』(Dune, 2021) は、ノーランとほとんど正反対の経路で同じ場所に着地しようとした作品である。撮影監督グレイグ・フレイザーは ARRI ALEXA LF と、当時プロトタイプだった ALEXA Mini LF を使った。どちらもIMAX認証機である。つまり撮影素材は最初から最後までデジタルだ。

ただし、そのデジタル素材は一度フィルムを通る。フレイザーの説明では、完成した映像を35mmネガに撮り出し (film-out)、現像し、それをスキャンして戻すという工程が挟まれている。

『DUNE/デューン 砂の惑星』日本版本予告。ノーランがフィルムで積む情報量を、ヴィルヌーヴはデジタルの階調と構図の空白で置き換えている。人物が画面のどれだけを占めるかに注目してほしい。

あのフィルムアウト工程で分かったのは、デジタルより有機的で、しかしフィルムほど有機的ではない何かについて、明確なヴィジョンを持てるということだった。

なぜ最初からフィルムで撮らなかったのか。テストの段階でフィルムを映写してみた結果がその理由になっている。

フィルムを映写したとき、それは求めていた感触を与えてくれなかった。デニス (ヴィルヌーヴ) の言葉で言えば、少しばかりノスタルジックだった ── 過去に起きた何かを観ているような。

ノーランにとってフィルムは素材である。ヴィルヌーヴとフレイザーにとって、フィルムは質感を与えるための通過装置である。同じ「フィルムを使う」でも、意味がまるで違う。

ノーラン/ヴァン・ホイテマ

IMAXフィルムで撮り、フォトケミカルに仕上げ、アナログ・プリントで映す。デジタルはそこから派生する劣化コピーとして扱われる。フィルムは原本である。

ヴィルヌーヴ/フレイザー

IMAX認証のデジタルカメラで撮り、35mmネガに焼き、スキャンして戻す。フィルムは質感を与えるフィルタとして一度だけ通過する。デジタルが原本である。

構図の設計も対照的だ。フレイザーは『DUNE』でこう説明している ── ALEXA LF のセンサー全面を常に使い、ある部分はアナモルフィックレンズで 2.39:1 に、別の部分は球面レンズで撮って 1.43:1 のIMAX画面を満たせるようにした。ただし彼は、この二正面作戦の代償についても率直である。

正直に言うが、簡単ではない。すべての主人に仕えることはできない。妥協せざるをえなかった場面は確かにあった。

これは、ノーランが「構図の点では何の妥協もない」と述べているのとまっすぐ食い違う。同じ問題への評価が作家によって割れているという事実自体が、可変アスペクト比が万能の解ではないことを示している。

そして『DUNE』の場合、設計はもっと粗い形で裏切られた。同作は劇場公開と同時に HBO Max で配信され、配信版では全編が 2.40:1 に切り落とされた ── IMAX用に確保していた画面の上下は、家庭では存在しなかった。ヴィルヌーヴが「テレビで『DUNE』を観るのは、風呂桶でモーターボートを走らせるようなものだ」と苛立ったのは、この文脈においてである。彼は続編『DUNE/デューン 砂の惑星 PART2』(Dune: Part Two, 2024) では45日間の劇場先行期間を要求し、IMAX社の告知によれば本編全体がExpanded Aspect Ratioで上映された。

演出上の使い分けも第二作で先鋭化する。ハルコンネン家の惑星ジエディ・プライムの屋外シーンは、赤外線で撮られている。フレイザーの説明では、ジエディ・プライムの太陽は可視光を出さず赤外線しか出さない、という設定を映像の原理そのものに変換した。ARRI Rental が『ローグ・ワン』で使ったIR改造 ALEXA 65 を主力カメラに転用し、可視光をほぼ遮断するフィルタを付けて撮っている。肌や衣服が跳ね返す赤外線しか記録されないため、肉眼で黒く見えるものが白く写る。同じ衣裳の屋内用と屋外用を作り分ける必要があったという。フォーマットの選択が、美術部の作業まで規定した例である。

さらに 2026年12月公開予定の『DUNE PART THREE』(Dune: Part Three) について、ヴィルヌーヴは撮影監督をリーヌス・サンドグレンに替えたうえで、こう述べている。

われわれは映画の大半を70mmフィルムで撮ることにした。何年もやっていなかったことだ。大部分はIMAXフィルムで撮った ── 私にとっては初めてだ。ただし砂漠はデジタルのままにした。デジタルIMAXの荒々しさが好きだからだ。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ · The Credits (MPA), 2026

これは重要な発言である。フィルムかデジタルかは信仰の問題ではなく、被写体ごとの選択肢でありうる。ノーランが「IMAXは史上最良のフォーマット」と言い切るのに対し、ヴィルヌーヴは同じ作品の中で砂漠だけをデジタルに残した。どちらが正しいという話ではないが、後者のほうが本章の言う「演出判断としてのフォーマット」に近い態度ではある。

ジョーダン・ピール『NOPE/ノープ』 ── 空を撮るための画面

『NOPE/ノープ』(Nope, 2022) は、ヴァン・ホイテマがノーラン以外の監督とIMAXフィルムを回した作品である。コダックの資料によれば、ほぼ全編が65mmで撮られ、そのうち約4割がIMAX 15perf。使われたのはIMAX MSM 2台と Mark IV 2台、そして劇中に登場する小道具として手回しの Mark II が1台。Variety によれば、最大47分が 1.43:1 のフルフレームで上映された。

なぜホラーにIMAXなのか。ヴァン・ホイテマの言葉は簡潔である ── 「私にとってIMAXは、もっとも内臓に来るフォーマットだ」。そして彼が『NOPE』で執着したのは暗さだった。「夜の暗さを捉えつつ、しかしそれを見通せるようにする方法に、私は取り憑かれていた」。

ここで押さえておきたいのは、この作品の恐怖の対象が空にあるという点だ。捕食者は雲のなかに隠れており、登場人物は繰り返し空を見上げる。2.39:1 の横長画面は地平線のための比率であって、天頂のための比率ではない。1.43:1 の高さは、カメラを上に振ったときにはじめて意味を持つ。ヴァン・ホイテマもピールも「垂直」という語で説明してはいないが ── 彼らが語るのは一貫して「広がり」と「風景」と「内臓に来る感じ」である ── 画面を見れば、この作品が縦の比率を空に使い切っていることは明らかである。

『NOPE/ノープ』最新予告(ユニバーサル・ピクチャーズ公式)。人物が空を見上げるカットが何度も出てくる。劇場の 1.43:1 では、この見上げる先の高さがそのまま画面の高さになっていた。ここでの 2.39:1 に切られた版と比べると、何が削られているかが分かる。

技術的にもっとも面白いのは、夜のシーンがフィルムだけでは撮られていないことだ。赤外線用に改造した ARRI ALEXA 65 と、Panavision System 65 のフィルムカメラを、3D立体撮影用リグを流用して直交配置し、同一のフレームを同時に記録する。ヴァン・ホイテマの説明では「まったく同じ画 ── 一方は赤外線、一方はフィルム ── を捉え、後工程で完全に重ね合わせられるように」した。ゲートもレンズも被写界深度もフォーカス送りも一致させる必要があった。結果は「まったくもっともらしい夜に見えた」。

つまり本作は、フィルム原理主義の作品ではない。フィルムの質感を保ちながら、フィルムには不可能な露光をデジタルで補うハイブリッドである。フォーマットを演出に従属させるとはこういうことだ ── 素材の純潔を守ることが目的なのではない。なお本作は「IMAXフィルムカメラで撮影された初のホラー映画」とされるが、これは配給・IMAX社側の言い方であり、厳密な記録として検証されたものではない。

ライアン・クーグラー ── 二つの画面比を距離で使い分ける

クーグラーのフォーマット遍歴は、ハリウッドの大作がIMAXとどう付き合ってきたかの縮図になっている。

『ブラックパンサー』(Black Panther, 2018) はしばしば「ALEXA 65 で撮られた」と紹介されるが、これは誤りである。American Cinematographer によれば撮影は ARRI ALEXA XT (Open Gate)、補助に ALEXA Mini、レンズは Panavision Primo。撮影監督レイチェル・モリソンは ALEXA 65 を選ばなかった理由をこう説明している ── クーグラーが背景までピントを残したがった、「われわれのスケール感は、美しいセットを全部見せられることから来ていた」。大判センサーの浅い被写界深度は、この作品が必要としたものの逆だったのだ。IMAX上映では 2.39:1 の本編に対し、選ばれた場面が 1.90:1 に拡張された。

『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(Black Panther: Wakanda Forever, 2022) では、撮影監督がオータム・デュラルド・アーカポーに交代し、IMAX認証の Sony VENICE に、パナビジョンのダン・ササキが意図的に「調律を崩した」T-Series アナモルフィックを組み合わせた。IMAX抽出用には 1.3倍の Ultra Panatar。ここでも 2.39:1 と 1.90:1 の二本立てで、1.43:1 は登場しない。

転機は『シナーズ』(Sinners, 2025) である。American Cinematographer によれば、本作は Ultra Panavision 70 (2.76:1) と IMAX 15perf (1.43:1) を併用した史上初の作品で、比率はおよそ8対2。デュラルド・アーカポーはIMAXフィルムカメラを回した初の女性撮影監督となった。コダックは本作のために EKTACHROME 100D 5294 リバーサルを65mmで特別に製造している。

注目すべきは二つの比率の割り当て方である。IndieWire の取材によれば、2.76:1 のウルトラ・パナビジョンはミシシッピの風景に使われた。クーグラーがこの比率を選んだのは「ミシシッピの平坦な地平線」のため、「人がどれだけ遠くまで旅したか」を見せるため、そして「空の重さと地面の質感」を捉えるためだった。対して 1.43:1 のIMAXは、ジューク・ジョイントの内部、音楽シーン、そして登場人物の情動的な瞬間に割り当てられた ── 「IMAXのシークエンスは、登場人物への率直な覗き込みとして使われている」。

これはノーラン的な用法の裏返しである。ノーランにおいてIMAXはまずスペクタクルの記号だった。クーグラーにおいて、広い比率が世界であり、高い比率が人である。距離による使い分けと言ってよい。

2.76:1 風景・距離 1.43:1 屋内・人物
『シナーズ』が併用した二つの比率と、その割り当て。高さを揃えて並べてあるので、左がどれだけ横に伸びているかが見える。尺の比はおよそ8対2で、広いほうが平坦な地平線と移動の距離に、高いほうが屋内の音楽と人物の情動に充てられた。画面比が「大きさの等級」ではなく「被写体との距離」で選ばれている。

5-3 アスペクト比の演出家

Robert Eggers

Robert Eggers

『ライトハウス』1.19:1

Anna Hanks from Austin, Texas, USA / CC BY 2.0

Xavier Dolan

Xavier Dolan

『Mommy』1:1 から開く

Georges Biard / CC BY-SA 3.0

Zack Snyder

Zack Snyder

巨大画面のための 1.33:1

Elen Nivrae at https://www.flickr.com/photos/nivrae/ / CC BY 2.0

Wes Anderson

Wes Anderson

時代ごとに比率を変える

Martin Kraft / CC BY-SA 4.0

アスペクト比そのものを演出に使った四人。同じ「狭い画面」でも狙いは三者三様である。

IMAXは「画面を大きくする」方向の選択だが、アスペクト比の演出はしばしば逆を向く。画面を狭めることが演出になるという発想である。

1:1 Mommy 1.19:1 ライトハウス 1.33:1 スナイダーカット 1.85:1 Mommyが開く先
本節で扱う比率を、高さを揃えて並べたもの。左の三つはいずれも「狭さ」を選んでいるが、狙いは別々である ── 『Mommy』は人物の目に近づくため、『ライトハウス』は灯台の垂直と閉所感のため、『ジャスティス・リーグ』は立つ人体の縦長とIMAXの画面のため。右端はこのうち『Mommy』だけが持つ出口で、映画中2回だけここまで開く。

ロバート・エガース『ライトハウス』 ── 1.19:1 という事故

『ライトハウス』の 1.19:1 は、映画史のなかでほぼ偶発的に生まれた比率である。1920年代後半、光学式サウンドトラックを35mmフィルムに焼き込むようになったとき、その帯は 1.33:1 の画面の内側を削った。結果として画面は縦長になり、おおむね 1.19:1 になった。当時の観客にとってこれは落ち着かない比率で、映写側にとっても既存のスクリーンと合わない問題だった。そこで1932年5月、SMPE が映写機のアパチャーを 0.825インチ×0.600インチ に定め、1.375:1 のアカデミー比が成立する。1.19:1 は、この移行期の数年 (おおよそ1926〜1932年) にだけ存在した比率であり、しばしば「Movietone比」と呼ばれる。

エガースとブラシュケがこれを選んだ経緯は、American Cinematographer と Filmmaker Magazine の両方に残っている。もともと脚本は 1.33:1 の想定だった。

『ライトハウス』は 1.33 のつもりだった。だが執筆中のどこかで、私は半ば冗談として、しかし彼の反応を窺うつもりで 1.19 を持ち出した。少し考えたあと、彼は全面的にそれを気に入った。彼は脚本の一ページ目に、「35mm黒白フィルム」と並べて 1.19:1 を要求事項として書き加えた。

ブラシュケが述べる理由は明快である ── 「1.19 は垂直な灯台をよりよく収め、二人の人物をより強く孤立させ、そして同じフレームを共有するときには彼らを本当に閉じ込める」。エガース自身も後年、まず閉所感 (claustrophobia) のためであり、次いで「灯台のような垂直な物体を捉えるのに向いている」からだと語っている。参照作としてエガースがブラシュケに見せたのは、坑道を舞台とした G・W・パプストの『炭坑』(Kameradschaft, 1931) だった。

『ライトハウス』予告編(配給・トランスフォーマー)。1.19:1 の縦長に灯台の垂直が過不足なく収まり、二人が同じフレームに入った瞬間に横の逃げ場がなくなる。ブラシュケの言う閉所感が、比率の選択そのものから出ていることが確かめられる。

技術面も徹底している。カメラは Panavision Millennium XL2、フィルムは Kodak EASTMAN DOUBLE-X 5222。レンズはシリアルナンバーが1941〜1944年の Bausch & Lomb Baltar (Super Baltar ではない)、1905年設計の無コーティング三枚玉、そしてダン・ササキが作った3本のペッツヴァール型 (58mm・85mm、そしてブラシュケの求めに応じて新造された35mm)。

そして色再現。1900年代初頭のオルソクロマチック乳剤 ── 紫外・青・緑には感じるが赤には感じない ── を再現するために、ブラシュケはシュナイダー・オプティクスに特注フィルタを作らせた。ここは誤って伝わりがちな部分なので正確に書く。彼はまず一般的な CC シアンフィルタを試したが「あまりにも効果が微妙」で使えず、47ブルーや58グリーンは効果的だが3〜4段の減光を伴うため実用にならなかった。最終的に彼が方眼紙に描いて発注したのは、570ナノメートル (中間の黄色) を超える波長を完全に遮断し、それより短い波長はすべて通すショートパスフィルタである。これによって実効感度は 50 ASA まで落ちた。「シアンのフィルタ」ではない。

なお、比率そのものについて配給側からの反対は一切なかったが、黒白撮影については抵抗があった、とブラシュケは述べている。ちなみに前作『ウィッチ』(The Witch, 2015) の 1.66:1 について、彼はこう言っている ── 「ロブの長編デビュー作として、配給がつく範囲で我々が試せた最も四角い比率だった」。フォーマットの自由度は、作家の格と直結している。

グザヴィエ・ドラン『Mommy/マミー』 ── 開くことそのもの

『Mommy/マミー』(Mommy, 2014) の 1:1 は、映画史のどこにも存在しなかった比率である。エガースが失われた比率を掘り起こしたのに対し、ドランは既製品でない比率を作った。撮影はアンドレ・テュルパン。

ドランの説明は驚くほど実務的である。

人々はこれを必死に理屈づけようとしている。私はただ、人物にごく近づけて、フレームの左右の余計なものを避けて、観客が登場人物の目をまっすぐ見られるような縦位置の比率で撮りたかっただけだ。

さらに、この比率が「傲慢だ」という批判に対して ── 「私にとっては、もっと慎ましく、私的な形式に思える。この人たちの生活に潜り込むのに、シネマスコープはきわめて傲慢で不釣り合いだったろう。あのアパートに入ってあの人たちをあの比率で撮るなど、みっともない」。

そして本作の有名な瞬間 ── 画面が横に開く ── について。The Hollywood Reporter によれば、画面は 1.85:1 まで拡張し、それは映画中で2回起こる。

最初から、フレームが破れて開き、登場人物が解き放たれる瞬間を一箇所つくりたいと分かっていた。あまりに気に入ったので、結局2回やることになった。

重要なのは、ドラン自身が「狭い画面で人物を投獄した」という読解を明確に退けていることだ。彼は「監禁の隠喩」を意図していない。それでも観客の多くはそう読む。ここに、フォーマット演出の面白さと危うさが同時に出ている ── 画面比は言語ではないので、作家が込めた意味と観客が受け取る意味は一致しない。ウェス・アンダーソンの用法 (後述) が記号として読めるのに対し、ドランの用法は情動的であり、それゆえ誤読される。

なお、テュルパンは撮影中「次第に苛立っていった」とドランは言う。正方形では成立しないショットやレンズが多く、結果としてドランは人物の単独ショットへと追い込まれていった。制約は演出を作るが、同時に選択肢を殺す。

ザック・スナイダー ── IMAXのために作られ、テレビで公開された 4:3

『ジャスティス・リーグ:ザック・スナイダーカット』(Zack Snyder’s Justice League, 2021) の 1.33:1 について、スナイダーの説明は明快である。

私の意図は、この映画全体を、巨大なIMAXスクリーン上で巨大な 4:3 のアスペクト比で上映させることだった。スーパーヒーローという形象は、あまり横長ではない傾向がある。スーパーマンが飛んでいるときは別かもしれないが、立っているときは縦長だ。すべてがそのように構図され、撮影されている。

論理そのものは筋が通っている。人体は縦長であり、IMAXフィルムの 1.43:1 は正方形に近い。撮影監督ファビアン・ワグナーですら、当初は 2.35〜2.39 のワイドスクリーンだと思い込んでいたと述べている。

問題は上映側である。この 4:3 は、16:9 の家庭用ディスプレイでは左右に黒帯を伴って、もっとも小さい面積で表示される。配信プラットフォームは「本作は監督の創作意図を尊重して 4:3 で提供されます」という但し書きを添えた。作家の意図を伝えるために、その意図が成立しない条件下で意図を宣言する ── 5-7 で扱う問題の、もっとも純粋な形がここにある。

これは技術的な失敗ではなく、上映レイヤーを設計に織り込めなかった例である。スナイダー自身は、この比率をケリー・ライカート『ファースト・カウ』と同じだと冗談めかして言っている。だが『ファースト・カウ』の 1.33:1 は小さな画面のための比率であり、スナイダーの 1.33:1 は巨大な画面のための比率だった。同じ数字が正反対の意図を担いうる ── 数字だけを見ても何も分からない、という本稿の主題がここでも出る。

ウェス・アンダーソン『グランド・ブダペスト・ホテル』 ── 比率=時制

『グランド・ブダペスト・ホテル』(The Grand Budapest Hotel, 2014) は、アスペクト比をもっとも「読める」形で使った作品である。物語は入れ子になっており、現在 ── 1985年 ── 1968年 ── 1932年 と遡る。比率はこの層に対応する。

時制アスペクト比対応する時代の標準
現在および1985年1.85:11953年以降の一般的な劇場公開比
1968年アナモルフィックのスコープ1950〜60年代のワイドスクリーン
1932年1.37:1アカデミー比

撮影監督ロバート・イェーマンの説明はこうだ ── 「1930年代のパートはアカデミー 1.37 で撮った。当時の映画がそう撮られていたからだ。1960年代のパートはアナモルフィックレンズで撮った。(中略) ウェスは、その時代のフォーマットで撮ることで、そのフォーマットのなかでショットを違うふうに構成できると考えていた」。1.37:1 のアカデミー比について彼はこうも言う ── 「幅はないが、上下がある。天井がずっとよく見えるし、少し緩い」。

『グランド・ブダペスト・ホテル』予告編。時制が切り替わるたびに画面の縦横比が変わる。1932年のパートだけ上下が広いことが、予告編の段階で確認できる。
1.37:1 1932年 スコープ 1968年 1.85:1 現在・1985年
上の表を、時代の古い順に左から並べ直したもの。物語は右から左へ遡り、遡るほど画面は狭くなる。観客は時制の説明を受け取る前に、枠の幅で「いつの話か」を知らされる。中央のスコープは本文が数値を挙げていないため、アナモルフィックの一般的な幅で描いてある。

細部が効いている。1932年はアカデミー比がスタジオ標準として正式に定まった年でもある。Slate はさらに、1985年という設定と 1.85 という比率の一致は偶然ではないだろうと推測している (これは推測であって、アンダーソンの言明ではない)。

『アステロイド・シティ』(Asteroid City, 2023) でも同じ手法が反復される。コダックの記事でイェーマンはこう述べている ── 「黒白のシークエンスは 1.37:1、カラーは 2.40:1 で撮った。作品のなかのこの二つの世界に、はっきりと異なる見た目を持たせて、観客が物語のどの部分にいるのかを即座に分かるようにしたかった」。黒白部分に使われたのは EASTMAN DOUBLE-X 5222 ── 『ライトハウス』と同じフィルムである。

アンダーソンの用法は、比率を記号として使う。ドランの用法は比率を情動として使う。エガースの用法は比率を空間の条件として使う。同じ「アスペクト比の演出」でも、機能する層がまったく違う。

5-4 時間の質感の実験者

James Cameron

James Cameron

可変HFR で 24fps の質感を残した

Kevin Paul / CC BY 4.0

Ang Lee

Ang Lee

120fps・4K・3D を上映側が再生できなかった

nicolas genin / CC BY-SA 2.0

Steven Spielberg

Steven Spielberg

45度シャッターで砂粒を止めた

Raph_PH / CC BY 4.0

George Miller

George Miller

可読性を基準に速度を動かした

Eva Rinaldi from Sydney Australia / CC BY-SA 2.0

時間の質感を動かした四人。fps を上げた者と、1コマの中身を変えた者に分かれる。

3-8 で見たとおり、フレームレートとシャッター角は直交する二つの変数である。この二つを演出として動かした作家は、アスペクト比を動かした作家よりずっと少ない。理由は単純で、画面比の変更は観客に見えるが、時間の質感の変更は観客に「説明できない違和感」としてしか届かないからだ。

ジェームズ・キャメロン ── 「窓からガラスを外す」

キャメロンがHFRを語りはじめたのは『アバター』(Avatar) の公開より前、2008年の Variety のインタビューである。彼の議論の出発点は画質ではなく、3Dにしたことで24fpsの欠陥が露出してしまったという発見だった。

四分の三世紀にわたる2D映画のあいだ、われわれは毎秒24コマという表示レートが生むストロービング効果に慣れきってきた。同じものを3Dで見ると、それがより目立つ。本質的に悪化したからではなく、他のすべてが良くなったからだ。突然、映像はあまりに現実的に見えて、登場人物と同じ部屋に立っているかのようになる。ところがカメラがパンすると、この奇妙な運動の異物が現れる。まるで初めて見たかのように。実際にはずっと目の前に隠れていたのに。ジャダーと呼ぶ者もいれば、ストロービングと呼ぶ者もいる。私はこれを「うっとうしい (annoying)」と呼ぶ。

ジェームズ・キャメロン · Variety, 2008年4月

同じインタビューで、彼は解像度信仰への反論も残している ── 「2Kの映像を48コマで見せれば、4Kの映像を24コマで見せたのと同じくらいシャープに見える。ただし決定的な違いがひとつある。4K/24 のほうはパンでみじめにジャダーし、2K/48 はしない。画素数を増やしても、ストロービングのような運動の異物をより高い忠実度で保存するだけで、それを解決しはしない」。

この時点でキャメロンは、解像度とフレームレートは別の次元の問題であり、前者をいくら上げても後者は改善しないと正確に述べている。1-4 で6次元を分けて立てた理由が、そのまま彼の議論になっている。

にもかかわらず、『アバター』(2009) は24fpsで撮られ、24fpsで公開された。同じインタビューでの彼の言葉 ── 「もちろん理想のフォーマットは 3D/2K/48fps 投影だ。『アバター』を48コマでやりたかった。だが私はこれらの戦いを一度にひとつずつ戦わなければならない」。これは技術的判断ではなく、興行の現実に対する政治的判断である。2-5 で見たとおり、2009年時点でデジタル映写機の普及そのものがまだ途上だった。

2011年の CinemaCon で、彼は続編をHFRで撮る意志を表明する。「48や60でオーサリングし、投影すると、それは別の映画になる。3Dは現実への窓を見せる。ハイフレームレートは、その窓からガラスを外す。実際、それはもう現実そのものだ」。

そして『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022) での着地は、全編HFRではなかった。キャメロンの説明はこうだ ── 「水中や飛行のシーンのように、存在感を高めたいところで3Dを良くするためにHFRを使っている。ただ人が立って話しているだけのショットでは、HFRは逆に働く。もっと平凡で、もっと普通の場面に一種の過剰なリアリズムを作ってしまうからだ。そして時には、あの24fpsの映画的な感触が必要になる」。

実装の側も興味深い。上映側の機材ガイドラインによれば、48fps の素材は 4:2(同一フレームを2回表示するダブルフラッシュ)、24fps の素材は 6:2(トリプルフラッシュ)で投影される。つまり24fps部分は、48fpsのタイムラインに同じ絵を二度置くことで作られている。同じ上映機のなかで、時間の刻みだけが切り替わるわけだ。

アン・リー『ジェミニマン』 ── 誰も見られなかった映画

アン・リーは『ビリー・リンの永遠の一日』(2016) に続き、『ジェミニマン』(Gemini Man, 2019) を 3D・4K・120fps で撮った。3-8 の式を当てはめれば、120fps で180度シャッターを守ると露光時間は1/240秒になる。24fps 換算で36度相当 ── 『プライベート・ライアン』の45度より狭い。爆発シーンの異化効果として使われたのと同じ水準のブラー欠乏が、全編にわたって常態化する。

だが本作の失敗は、その画が受け入れられなかったという以前の問題を抱えていた。そもそも誰も、リーが意図したかたちで観られなかったのである。報道によれば、120fps 上映を行った劇場は全米で14館にとどまり、しかもそれらは4Kではなく2Kだった。リーが理想としたのは 4K・120fps・3D の同時成立であり、それを満たす劇場は米国内に一館も存在しなかった。

興行成績は製作費1億4,000万ドルに対して7,500万ドル以上の損失と伝えられ(1億1,100万ドル説もある)、批評面でも Rotten Tomatoes 25パーセント、Metacritic 38点と芳しくなかった。批判の多くは「ビデオゲームのような見た目」に向けられている ── これは C4 で扱うソープオペラ効果の、まさに文脈的な成分である。

ただし、失敗の原因をHFRだけに帰すのは正確ではない。脚本と演出への評価も低かった。技術的野心と作品の完成度は独立の変数であるという、当たり前だが忘れられやすい事実がここにある。

シャッター角と間引き ── スピルバーグから『フューリー・ロード』へ

フレームレートを変えずに時間の質感だけを操作する方法が、シャッター角である。

『プライベート・ライアン』(1998) でヤヌス・カミンスキーは、多くの場面をシャッター開角度45度または90度で撮った。24fps・45度なら露光時間は1/192秒。カミンスキーによれば、この設定は爆発シーンで特に効果的で、飛散する砂の粒子が一粒ずつ見えるようになったという。通常の1/48秒ならブラーに溶けて消える情報が、コマのなかに凍結される。「生々しい」と評されるあの質感は、手持ちカメラや脱色処理だけでなく、露光時間の物理から来ている。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015) は別の方法を採った。編集のマーガレット・シクセルが480時間の素材を120分・2,700ショットに切り詰めた本作では、完成尺のおよそ50〜60パーセントが毎秒24コマで再生されていない。ジョージ・ミラーの原則は驚くほど単純で、自分が見て何が起きているか分からないショットは遅くし、分かりすぎるショットは24コマに向けて速めた、というものである。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』予告1(ワーナー・ブラザース公式)。ひと続きの追走のなかで、速度が絶えず出し入れされている。派手さのためではなく、何が起きているかを読ませるために時間の刻みが動かされていることを、短い尺のうちに何度も確認できる。

スピルバーグの45度は撮影時の決定であり、ミラーの速度操作は編集時の決定である。前者は光学的にコマの中身を変え、後者はコマの並びを変える。どちらも「1秒を何枚で刻むか」ではなく「1枚が何を含むか」「その1枚をどれだけ見せるか」を操作している。fps を上げること以外にも、時間の質感を扱う手段はあるということだ。

通常の24fps 180度 プライベート・ライアン 90度の場面もある 45度(1/192秒) ジェミニマン 120fps・180度シャッター 36度相当(1/240秒)
ここまでに出た選択を、24fps 換算のシャッター開角度で並べたもの。角度が小さいほど1コマの露光が短く、動きがブラーに溶けずに粒として残る。『ジェミニマン』の値は 120fps・180度を 24fps に換算したもので、『プライベート・ライアン』が爆発の場面で使った水準を、全編にわたって下回っている。数値はいずれも本文中のもの。

5-5 3Dを作家性にした監督

Wim Wenders

Wim Wenders

『Pina』で舞踏の空間を記録する手段として使った

Martin Kraft / CC BY-SA 3.0

Jean-Luc Godard

Jean-Luc Godard

『さらば、愛の言葉よ』で 3D の規則そのものを破った

Gary Stevens / CC BY 2.0

3D を興行装置ではなく表現の条件として使った二人。方向はまったく逆である。

4-8 で見たとおり、3Dは輝度・眼精疲労・追加料金・必然性の欠如という四つの理由で定着しなかった。だがそれは「3Dで撮る意味のある作品が存在しなかった」ことを意味しない。

ジェームズ・キャメロン ── 興行装置を表現手段に変えた

キャメロンの3Dは、飛び出しではなく奥行きである。画面手前に物を突き出す1950年代的な用法をほぼ使わず、スクリーンを窓として扱い、その向こうに空間を作る。5-4 で見たHFRへの執着も、この方向性の延長にある ── 空間の実在感を高めたいから、それを壊すジャダーが許せない。3Dが興行の道具(2-5 で見たとおり、劇場をデジタル化させた単価上昇の装置)だった時期に、それを表現の条件として使い切った数少ない例である。

ヴィム・ヴェンダース『Pina』 ── 空間を記録する

ヴェンダースは長年ピナ・バウシュの舞踏を映画にしようとして、方法が見つからずにいた。2008年の『U2 3D』を観たときに道が開けたと彼は語っている。撮影はエレーヌ・ルヴァール。

ここでの3Dは没入の演出ではなく、記録の要件である。舞踏の本質は身体が空間のどこにあるかにあり、それを2Dの平面に落とすと、まさにその情報が失われる。舞台上の奥行きと、踊り手同士の距離と、床からの高さ ── これらは振付そのものであって、装飾ではない。3Dはここで初めて「なくてもいいが、あると豪華なもの」ではなく「ないと作品が成立しないもの」になった。

『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』予告編。2Dで見ても、踊り手同士の距離と舞台の奥行きが構図の主題になっているのが分かる。その距離こそ3Dで記録したかったものである。

観客とダンサーのあいだに親密さを作る、スクリーンという境界を越えられるという錯覚を与える ── そうした効果は、劇場でバウシュの舞台を観る体験に対する応答として選ばれている。フォーマットが被写体から要請された例である。

ジャン=リュック・ゴダール『さらば、愛の言葉よ』 ── 3Dを壊す

ゴダールの『さらば、愛の言葉よ』(Adieu au langage, 2014) は、3Dを破壊するために3Dで撮られた。撮影のファブリス・アラーニョは、小型ビデオカメラ2台を保持する自作リグを組んだ。

問題の「分離ショット」はこうである。男女が言い争う場面で、女が離れていくとき、一方のカメラは彼女を追い、もう一方はその場に留まる。左眼には女が、右眼には男が映る。両眼視差を前提とした3Dの規則が破られ、脳は融合できない二つの像を重ね合わされる。観客は物理的な不快を覚え、それは片目を閉じることでしか解消しない

左眼へ届く経路 アラーニョの自作リグ 小型ビデオ2台 カメラA 離れていく女を追う 左眼には女 右眼へ届く経路 アラーニョの自作リグ 小型ビデオ2台 カメラB その場に留まる 右眼には男
分離ショットで起きていること。二台のカメラは同じリグに載っているが、途中で別々の被写体を追い、左右の眼にそれぞれ違う画が届く。3D は二つの像が脳の中で融合することを前提にした規格なので、この状態では像が重ならない。観客は片目を閉じて、どちらか一方の経路を捨てるしかない。

これは技術の誤用ではなく、規則の意識的な違反である。3Dは「二つの像を融合させて奥行きを作る」という約束の上に立っており、その約束を破ると何が起きるかを見せた作品はほとんどない。観客に片目を閉じさせるという行為が、そのまま「二つの眼で見ること」の自明性への問いになっている。フォーマットが主題そのものになった、稀な例である。

5-6 撮影監督という視点

Hoyte van Hoytema

Hoyte van Hoytema

IMAX カメラを人物撮影に転用した

Asariton / CC BY-SA 3.0

Roger Deakins

Roger Deakins

制御可能性を理由にデジタルへ移った

Raph_PH / CC BY 2.0

Matthew Libatique

Matthew Libatique

ゲージを情動に割り当てる

Aranofsky,_Libatique,_Weisblum_2011.jpg: Joseph Voves derivative work: / CC BY 2.0

フォーマットの選択を機材と光学の言語に翻訳する側。監督の名前で語られる決定の多くは、この層で設計されている。

フォーマットの選択は、しばしば監督の名前で語られる。だが実務上、その決定を設計し、機材の制約と折り合わせるのは撮影監督である。

ホイテ・ヴァン・ホイテマ ── IMAXカメラを人に向ける

IMAXの15perfカメラは、もともと風景と巨大構造物のための機械である。ホイテマがノーラン作品で行ったのは、これを人物撮影に転用することだった。彼によれば、ラージフォーマットでの実用的な焦点距離の「スイートスポット」は50mmと80mmである。この2本で人物に寄るというのは、IMAXの本来の使い方からすればかなり奇妙な運用にあたる。

制約は物理的だった。IMAXカメラは動作音が大きく、そのままでは使える台詞を同時録音できない。だから台詞の多い場面は Panavision Panaflex System 65 Studio で撮られる。5-2 で見た「画面比の切り替わり」は、この物理的制約の副産物として生まれている。

彼は機材を作らせもする。『オッペンハイマー』の量子ビジョンは、CGではなく水中の微小な被写体を15perfフィルムで実写したものだが、そのためにパナビジョンのダン・ササキが全長30インチの防水・交換式IMAXリレーレンズを設計した。これは新規開発ではなく、『ダンケルク』のコクピット用に作られたラージフォーマット用プローブの光学リレーを、IMAXの対角長に合わせて改変し防水化したものである。空気と水の屈折率差でピントがずれる問題には、スノーケルマスク相当の中間光学面を足して対処した。

ロジャー・ディーキンス ── 懐古ではなく制御可能性

ディーキンスのデジタル移行は、フィルム擁護派からしばしば「裏切り」と受け取られた。だが彼の説明は一貫して実務的である。

最初に ARRI ALEXA を使ったのは『TIME/タイム』(2011) で、夜間のロケーションに耐える速度と柔軟性が必要だったからだった。並べて比較した結果、デジタルファイルのほうがフィルムネガの4Kスキャンよりラチチュードが広いと判断している。ハイライトの落ち方が繊細で、シャドウに膨大なディテールが残る ── 「技術がナイフの刃を越えて、新しい世界へ連れて行ってくれたと思えた最初のデジタルカメラだった」。

『007 スカイフォール』(2012) はシリーズ初の全編デジタル撮影となる。サム・メンデスを説得したのは画質の理論ではなく、『TIME/タイム』の素材だった。俳優の眼を見てくれ、と言ったという。低照度で瞳の透明感が保たれること ── それが決め手だった。

さらに彼は ARRI と対話を続け、光学ビューファインダー付きの ALEXA を要求し、ARRI はそれを ALEXA Studio として『スカイフォール』に間に合わせている。フォーマットの選択が、機材の開発を引き起こすという関係がここにある。

ディーキンスの立場は、フィルムの質感を否定するものではなく、「自分が制御したい変数を、より多く制御できる道具を選ぶ」というものである。ノーランがフィルムを選ぶ理由(デジタル中間工程を通さないパイプラインの要求)と、ディーキンスがデジタルを選ぶ理由(現場でのラチチュードと確認可能性)は、対立しているようで、どちらも「自分の意図が最後まで保たれる経路」を求めている点で同じ構造をしている。

マシュー・リバティーク ── ゲージを情動に割り当てる

リバティークは、フィルムゲージを心理状態に対応させる使い方をしてきた撮影監督である。ジョエル・シューマカーの『タイガーランド』(2000) では、戦争に向かう準備の怒りと緊張と痛みを増幅するために手持ちの16mmを選んだ。『ブラック・スワン』(2010) では Super 16 の手持ちで、ナタリー・ポートマン演じる踊り手の精神が分裂していく過程に密着した。

3-1 で見たとおり、16mm は面積が小さいぶん粒子が粗く、被写界深度が深い。この物理的特性が、手持ちの不安定さと結びつくと「主観の不安定さ」として読まれる。ゲージの選択がそのまま情動の設計になっている例である。

誰がフォーマットを決めているのか

実務上、この決定は単一の人物によるものではない。

  • 監督が作品の方向を決め、
  • 撮影監督がそれを機材と光学の言語に翻訳し、
  • スタジオと配給が予算と公開形態の制約を課し、
  • IMAX社のような規格保有者がカメラの貸与や上映枠と引き換えに条件を提示する。
監督 作品の方向を決める 撮影監督 機材と光学の言語に翻訳する スタジオと配給 予算と公開形態を制約する 規格保有者(IMAX社など) カメラの貸与と上映枠
決定は上から下りてくるように語られるが、実際には下の層がその上を支えている。いちばん下が薄ければ、上の三層は何を決めても実行できない ── IMAXの15perfカメラは世界に十数台しかなく、65mmネガを現像できる現像所も限られる。

IMAXカメラは世界に十数台しかなく、その貸与は事実上IMAX社の判断に依存する。65mmネガを現像できる現像所も限られる。つまり「この監督はこのフォーマットを選んだ」という言い方は、しばしば「この監督は、そのフォーマットを使う許可と設備を確保できた」という意味でもある。作家性の物語は、供給網の物語でもある。

5-7 「for the format」に撮られた映画をどう観るべきか

ここまで見てきた作品の多くは、特定のフォーマットを前提に設計されている。『オッペンハイマー』の1.43:1、『ライトハウス』の1.19:1、『Pina』の3D、『さらば、愛の言葉よ』の分離ショット ── これらを別のフォーマットで観ることは、何を失うのか。

失うものは、作品によって性質が違う。三つに分けられる。

第一に、情報が物理的に消える場合。 IMAXの1.43:1で撮られた画を1.90:1や2.20:1で観ると、画面の上下が切り落とされる。そこに写っていたものは、単に見えない。ゴダールの分離ショットを2Dで観れば、二つの像は片方しか届かず、作品の中心にある仕掛けが起動しない。これは解釈の問題ではなく、欠落である。

第二に、強度が落ちる場合。 3Dの奥行きも、Dolby Cinemaの黒も、70mmの粒子も、なければ作品が成立しないわけではない。ただ弱くなる。『Pina』を2Dで観ても舞踏は見えるが、舞踏の空間性という主題は減衰する。

第三に、何も失われない場合。 正直に言えば、これがいちばん多い。ほとんどの作品において、上映フォーマットの差は演出の意図とほとんど関係がない。DMR(C5)で「IMAX化」された作品の大半は、通常上映で観ても失うものがない。

この区別を持たずに「本物のフォーマットで観なければ意味がない」と言うのは、単なる原理主義である。1.43:1のIMAX館は日本に2館しかない。70mmを上映できる映写機は国立映画アーカイブにしか残っていない。上映期間は限られ、料金は上乗せされ、多くの人は東京や大阪に住んでいない。アクセスは平等ではなく、そしてアクセスできないことは観客の落ち度ではない。

では、フォーマットを知ることに何の意味があるのか。

意味は「正しい観方」を手に入れることではなく、自分が今どのバージョンを観ているのかを自覚できるようになることにある。目の前の画面の上下が切られていることを知っていれば、その作品について語るときに留保をつけられる。暗部が潰れているのが演出なのか設備なのかを区別できれば、批評の精度が上がる。「なんとなく良かった/悪かった」が、「この条件下ではこうだった」に変わる。

そしてもうひとつ ── フォーマットを知ることは、作り手が何を選び、何を諦めたかを読む手がかりになる。ノーランが台詞の場面でIMAXを諦めたこと、キャメロンが『アバター』を24fpsで公開せざるをえなかったこと、アン・リーの作品を再生できる劇場が存在しなかったこと。これらはすべて、意図と制約のせめぎ合いの痕跡である。その痕跡は、画面の上に残っている。

どのフォーマットで観るかは、実質どのバージョンを観るかという選択である。そして多くの場合、われわれはその選択をしていない ── 選択していることに気づいてすらいない。

フォーマットの知識が与えるのは、より良い体験の保証ではない。自分が何を見ているのかについて、正確であるための語彙である。それだけでも十分に価値がある。6章では、その語彙を実際の劇場に接続する。

出典

06

東京(+大阪)の対応映画館ガイド

1〜5章の語彙を「今夜どこで観るか」に変換する。設備は動くので、ここに書けるのは執筆時点の地図にすぎない。

6-1 IMAX対応館マップ

4-1 で見たとおり、「IMAX」という表記の下には複数の実体がある。ここではその区別を、実際の劇場名で確認できるようにする。日本で 1.43:1 のフルサイズを出せるのは 2館だけである。

1.43:1 が出せる劇場(IMAXレーザー/GTテクノロジー)

劇場所在地開業スクリーン音響
グランドシネマサンシャイン池袋東京・豊島区2019年7月19日約25.8m × 18.9m12.1ch
109シネマズ大阪エキスポシティ大阪・吹田市2015年11月19日約26m × 18m12.1ch

この2館だけが、IMAXカメラで撮られた縦に広い画をそのまま出せる。それ以外の IMAX 館では、同じ作品でも画面の上下が切り落とされる。同じ「IMAX」の券を買っても、見える範囲が違う。

料金も館によって違う。池袋は通常料金に IMAX が +900円、IMAX 3D が +1,400円(3Dグラス代込み)。大阪エキスポシティは IMAX が +600円、IMAX 3D が +1,000円と案内されている。GT 同士でも一致していない。

池袋|IMAX +900円 池袋|IMAX 3D 3Dグラス代込み +1,400円 エキスポ|IMAX +600円 エキスポ|IMAX 3D +1,000円
いずれも通常料金への上乗せ額。1.43:1 を出せる2館どうしでも、同じ方式に対する上乗せが 300〜400円ずれている。3D の額に3Dグラス代が含まれるのは池袋の案内による。

東京および首都圏のその他の IMAX 館

以下は第三者のまとめ(2025年11月17日更新)に基づく一覧である。方式の表記は劇場公式で確認できないものも含むため、参考として扱ってほしい。

劇場所在地方式座席数
TOHOシネマズ日比谷千代田区IMAXレーザー323
109シネマズ木場江東区IMAXレーザー310
TOHOシネマズ新宿新宿区IMAXレーザー311
T・ジョイ PRINCE品川港区IMAXデジタル300
109シネマズ二子玉川世田谷区IMAXレーザー222
ユナイテッド・シネマとしまえん練馬区IMAXレーザー374
イオンシネマ シアタス調布調布市IMAXレーザー436
TOHOシネマズ立川立飛立川市IMAXデジタル288
109シネマズグランベリーパーク町田市IMAXレーザー326
109シネマズ川崎神奈川・川崎市IMAXレーザー454
TOHOシネマズ ららぽーと横浜神奈川・横浜市IMAXデジタル371
横浜ブルク13神奈川・横浜市IMAXデジタル356
ユナイテッド・シネマ浦和埼玉・さいたま市IMAXレーザー375
イオンシネマ越谷レイクタウン埼玉・越谷市IMAXレーザー382
イオンシネマ市川妙典千葉・市川市IMAXレーザー230
ユナイテッド・シネマ テラスモール松戸千葉・松戸市IMAXレーザー347

大阪ではエキスポシティのほかに TOHOシネマズなんばが IMAX を持つが、スクリーンは通常スクリーンとさほど変わらないという評価がある。4-1 で扱った「LieMAX」批判が、日本でも同じ形で存在するということだ。

GT(1.43:1) 日本に2館。上下が切られない IMAXレーザー 1.90:1。上下は切り落とされる IMAXデジタル 1.90:1・2K・キセノン光源
同じ「IMAX」の券が指しうる三つの実体。上から順に体験の等級が下がる。券売画面の表記はどれも「IMAX」なので、自分がどの層を買っているかは、その劇場のスクリーン仕様を見にいくまで分からない。

6-2 Dolby Cinema対応館

4-4 で見たとおり、Dolby Cinema は画面の大きさではなく階調で押すフォーマットである。日本の導入は IMAX より大幅に少ない。第三者のまとめ(2026年6月28日更新)では、以下の10館が挙げられている。

劇場所在地
丸の内ピカデリー東京・千代田区
新宿バルト9東京・新宿区
TOHOシネマズ大井町東京・品川区
MOVIXさいたま埼玉・さいたま市
T・ジョイ横浜神奈川・横浜市
ミッドランドスクエア シネマ愛知・名古屋市
MOVIX京都京都・京都市
T・ジョイ梅田大阪・大阪市
TOHOシネマズ ららぽーと門真大阪・門真市
T・ジョイ博多福岡・福岡市

東京都内は3館、大阪は2館。IMAX の 61スクリーンに対して10館という差は、そのまま両者の設備投資の重さの差でもある。

Dolby Cinema の追加料金は劇場ごとに異なり、公式に確認できる統一の数字はない。券売時に確認してほしい。

6-3 35mm / 70mm上映ができる劇場・名画座

4-2 と 4-3 で見たフィルム上映は、日本では主に名画座と公的機関が担っている。

70mm

国立映画アーカイブ(東京・京橋)が事実上唯一である。35mm と 70mm の兼用機を持ち、これは1995年の建物開館時から使われ、2014年に更新されている。同館の担当者は2018年の時点で、70mm を上映できる映写機は日本ではここにしか残っていないと述べている。

ただし「設備がある」ことと「上映がある」ことは別である。同館の 70mm 劇映画の上映実績は2017年の『デルス・ウザーラ』が初めてだった。2018年10月の『2001年宇宙の旅』70mm上映は、長瀬記念ホール OZU(310席)で全12回。この回数は興行判断ではなく物理的な制約で決まっている ── 現役の映写技師が稀少であり、リール1巻が10〜15キロを超えるためである。

35mm

35mm はもう少し裾野が広い。定期的にフィルム上映を行っている館として、以下が確認できる。

劇場所在地特徴
国立映画アーカイブ東京・京橋35mm/70mm兼用機。所蔵プリントによる上映が中心
早稲田松竹東京・高田馬場単館で35mmとデジタルの両対応。二本立てが基本
シネマヴェーラ渋谷東京・渋谷2006年開館。日本映画とハリウッド黄金期の特集上映
新文芸坐東京・池袋改修により4Kレーザーと35mmの両方に対応。二本立て中心

名画座のフィルム上映は、番組によって 35mm かデジタルかが変わる。上映作品ごとに素材が明記されていることが多いので、フィルムで観たい場合は上映スケジュールの表記を確認するのが確実である。

なお新作でも 35mm プリントが巡回することがある。『オッペンハイマー』は日本でも 35mm 上映が行われた。4-2 で見たとおり、ノーラン作品は光化学のプリントを実際に配給しているため、こうした機会が生まれる。

IMAX(全方式・全国) 61スクリーン Dolby Cinema 全国 10館 IMAX GT(1.43:1) 池袋・エキスポシティ 2館 70mm が上映できる 国立映画アーカイブ 1館
6-1 から 6-3 までに出た数字を一本の軸に載せたもの。単位は揃っていない ── IMAX だけがスクリーン数(開業予定を含む第三者集計)で、あとは館数である。設備の等級を比べる前に、そもそも日本に何箇所あるかがこの桁だということ。35mm は定期上映のある館として本節に4館を挙げたが、番組ごとに上映素材が変わるためこの軸には載せていない。

6-4 HFR・3D対応状況

3D は導入館は多いが、上映本数が減っている。4-8 で見たとおり、輝度低下と追加料金と眼精疲労という条件が改善しないまま、コンテンツ側の必然性が失われた結果である。IMAX 3D は上の一覧の館でおおむね可能だが、作品ごとに 3D 版が用意されているかどうかが先に効く。

HFR については、正直に書く。日本で 48fps 以上の上映に対応した設備がどれだけあるのかを示す公開情報は、確認できなかった。 これは調査の不足というより、そもそも公表されていない可能性が高い。前章で触れたとおり、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』のときも、HFR上映が何館で可能だったかという数字は世界規模でも公表されていない。

言えるのは以下の程度である。

  • HFR は上映機側のソフトウェア対応と処理能力に依存し、レーザー系の新しい機材ほど対応している傾向がある。
  • 『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の際は、HFR・3D・4K・Dolby Vision・Atmos をすべて満たす上映は Dolby Cinema に限られると報じられた。
  • 『ジェミニマン』の 120fps は、米国でも14館・2K どまりだった(5-4)。日本での 120fps 上映は確認できていない。

6-5 目的別判断フロー

4-11 の比較表と、ここまでの館の一覧を接続する。手順は3段階である。

第1段階 ── その作品が何で撮られたかを調べる。 公式サイトの技術仕様、American Cinematographer、IMDb の technical specs が使える。見るべきは「撮影フォーマット」であって「公開フォーマット」ではない。3-9 の推測チャートを使えば、予告編からある程度あたりをつけることもできる。

第2段階 ── 撮影フォーマットから、最適な上映フォーマットを決める。

作品の条件最適次善理由
IMAX 15perf カメラで撮られた部分があるIMAXレーザー/GT(1.43:1)IMAXレーザー(1.90:1)GT以外では、わざわざ縦に広く撮った上下が切られる
大判デジタルで撮られ IMAX 拡張比が用意されているIMAXレーザーIMAXデジタル拡張比 1.90:1 はレーザー・デジタルとも出せる
暗部の階調が要(夜・室内・黒基調)Dolby Cinema良好な通常館4-4 の輝度とコントラストの差が効く
音が主題(音楽・音響設計が売り)Atmos館・爆音上映良好な通常館4-9 のとおり、画より音の差のほうが体感を左右する
70mm / 35mm プリントが巡回しているフィルム上映館上映機会そのものが希少。日程優先で動く
アクション・ライブ映像で体感を求める4DX / ScreenX専用データがある作品に限る
上記のいずれでもない通常館規格より、スクリーンの大きさと座席位置で選ぶ

第3段階 ── その方式を持つ館を、6-1〜6-3 の一覧から選ぶ。

IMAX 15perf で撮られた部分がある まず GT を探す 1.43:1 なければレーザー 1.90:1 撮った上下が切られる GT は全国2館 池袋・エキスポシティ 暗部の階調が要(夜・室内・黒基調) Dolby Cinema 次善は良好な通常館 都内3館・大阪2館 全国で10館 70mm / 35mm プリントが巡回している フィルム上映館 次善はない 代替が効かない 日程優先で動く アーカイブ・名画座 上記のいずれでもない 通常館 規格より座席位置 視野角がすべてを決める
上の表のうち性質の違う4条件を、館の一覧まで延ばした形。分岐の起点は作品の撮影フォーマットであって、券種でも料金でもない。上の三本は例外的な条件で、多くの作品は最下段の道に入る(5-7)。

迷ったときの実務的な指針

第一に、規格の等級より座席位置のほうが効く場合が多い。 小さい IMAX の最前列より、大きい通常スクリーンの中央後方のほうが良い体験になることは珍しくない。スクリーンに対する視野角がすべてを決める。

第二に、追加料金を払う前に、その作品がその方式で何か変わるのかを確かめる。 DMR で「IMAX化」されただけの作品(C5)では、1.90:1 の IMAX 館に払う上乗せ分は、画面の大きさへの対価であって撮影フォーマットへの対価ではない。それが悪いわけではないが、何に払っているかは知っておいたほうがいい。

第三に、フィルム上映は日程で動く。 設備の等級を比較する対象ですらなく、やっているときに行くしかない。国立映画アーカイブと名画座の上映予定を定期的に見る習慣のほうが、どの IMAX 館が最良かを比較するより実益が大きい。

第四に、分からないときは通常上映で観て、良かったらもう一度良い箱で観る。 フォーマットの知識は、観る前の選択を完璧にするためではなく、観たあとに自分が何を見たのかを言語化するためにある ── 5-7 で述べたとおりである。

出典