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Keiichi HayashiK1884 Research Rabbit Hole

世界シェア 5% の国が急所を握る理由

デバイスでは世界シェア 5%、フォトレジストでは 9 割。日本の強さは産業規模ではなく交渉力であり、それには賞味期限がある。

半導体の世界地図には、奇妙なねじれがある。

2025 年 11 月、日本の半導体の世界シェアは 5.0% まで落ちた。前年同月の 7.2% からの急落で、しかも 6 か月連続のマイナス成長である。同じ月、世界の他の地域はすべて二桁成長していた。1988 年、この国は世界の半導体の 50.3% を作っていた。四十年足らずで、十分の一である。

ところが同じ日本が、半導体を作るために不可欠なフォトレジストという薬品では、いまも世界の約 9 割を握っている。ウェハを削る装置では 7 割、EUV 露光機用のマスク検査装置にいたっては 100% である。台湾の TSMC も、韓国の Samsung も、米国の Intel も、日本製の材料と装置なしには一枚のウェハも流せない。

デバイス世界シェア
5.0%
2025 年 11 月・低下中
フォトレジスト
約 9 割
日本 4 社の合計
EUV マスク検査装置
100%
レーザーテック単独

5% と、9 割。同じ国の話である。

この記事は、この矛盾を解くために書かれている。問いはシンプルだ——半導体のサプライチェーンにおいて、日本は強いのか。

だが、この問いはそのままでは答えられない。答えは「どの層を見るか」で正反対になるからだ。だからまず問いを解体し、地図を描き、層ごとに採点し、最後に「強い」という言葉そのものを定義し直す。そういう順番で進む。

先に結論を言っておく。

なぜそう言えるのか、これから順を追って説明する。

この記事の読み方

半導体の予備知識はいらない。専門用語は出てくるたびに説明する。ただし、最初にひとつだけ頭に入れておいてほしいことがある。

半導体産業は「ひとつの産業」ではない。 それは、まったく性質の違う十いくつかの産業が、たまたま一本の製造ラインで繋がっているだけの複合体である。チップを設計する会社、それを焼く工場、工場に装置を売る会社、装置に流す薬品を作る会社、薬品の原料を掘る会社——これらは業種としても、収益構造としても、競争のルールとしても別物だ。

だから「日本の半導体は強いか」という問いは、「日本のスポーツは強いか」と聞くのに似ている。柔道は強いがサッカーは違う、という答えしか返ってこない。この記事がやるのは、その競技別の勝敗表を作ることである。

記事は二部構成になっている。第 I 部は歴史である。なぜ日本はこの奇妙な形——チップでは負け、装置と材料では勝つ——になったのか。この形は偶然ではなく、40 年かけて負けながら後退した結果、たまたま守りきれた陣地がそこだった、という話をする。第 II 部は現在地の解剖である。サプライチェーンを 8 つの層に切り分け、層ごとに日本の実力を数字で採点する。ここが記事の本体になる。

そして終章で、「強い」の定義を 4 つに分解し、日本の強さがどの種類のもので、それがあと何年もつのかを見積もる。

では始めよう。

第 I 部 40 年の退却戦

1988 年、世界の半導体の半分は日本製だった

いまとなっては信じにくい話だが、1980 年代の後半、日本は半導体産業の頂点にいた。

1988 年の世界シェアは 50.3%。世界で使われる半導体の、実に半分以上が日本製だった。1990 年の世界トップ 10 のうち 6 社が日本企業で、しかも 1 位から 3 位までを NEC・東芝・日立が独占していた。当時の Intel は 4 位である。

この時代の日本の主力商品は DRAM だった。コンピュータのメインメモリに使われる記憶素子である。DRAM は構造が単純で、設計の巧拙よりも「いかに歩留まりよく、大量に、安定して作れるか」で勝負が決まる。つまり製造技術そのものが競争力になる商品だった。日本の製造業の得意分野に、市場が向こうから合わせてきたような状況である。

米国から見れば、これは悪夢だった。半導体は軍事技術の基盤でもある。その基盤を、同盟国とはいえ他国に握られる——この危機感が、次の話につながる。

日米半導体協定という外圧

1986 年 9 月、日米半導体協定が結ばれた。日米間の半導体をめぐる貿易摩擦を解消するという名目である。

第一次協定(1986-1991 年)の骨子は、日本製半導体のダンピング輸出を防止すること。そして第二次協定(1991-1996 年)で決定的な条項が加わった。日本市場における外国製半導体のシェアを 20% 以上に引き上げるという数値目標である。

これは異様な取り決めだった。自国市場で自国製品がどれだけ売れるかを、外国との協定で制限する。しかも「売れたかどうか」ではなく「売れなければならない」という目標を政府間で約束する。市場経済の建前からすればかなり無理のある構造で、実際 1996 年の期限切れ後は、市場シェア調査の廃止を含む形で WTO ルール準拠に軌道修正されている。

この協定が日本の凋落の主因だったのか。ここは意見が割れる。「協定が日本の半導体を潰した」という説明は分かりやすいし、広く流布している。1981 年に世界の 70% を握っていた産業が、1990 年代以降に急速に競争力を失ったという時系列とも符合する。

ただし——これが重要なのだが——協定だけでは説明がつかない。もし外圧だけが原因なら、協定が終わった 1996 年以降、日本のシェアは回復に転じたはずだ。実際には、1996 年以降も下落は止まらなかった。むしろ加速している。

頂点

1980 年代後半
1988 年
世界シェア 50.3%。トップ 10 のうち日本企業が 6 社。

協定と後退

1986-2000 年
1986 年
第一次日米半導体協定。ダンピング輸出の防止。
1991 年
第二次協定。外国製シェア 20% の数値目標が入る。
1992 年
トップ 10 の日本企業が 6 社。
1996 年
協定失効。しかしシェアの下落は止まらない。
2001 年
トップ 10 の日本企業が 3 社に。

退却と再定義

2010 年代以降
2011 年
トップ 10 の日本企業が 2 社。
2019 年
トップ 10 の日本企業が 1 社。対韓輸出管理を強化。
2023 年
トップ 10 の日本企業がゼロに。
2025 年 11 月
世界シェア 5.0%。6 か月連続のマイナス成長。

外圧は引き金を引いたかもしれない。だが弾を込めたのは別の何かだ。

敗因を正しく特定する

日本の半導体敗戦の理由として、いちばん有名な説明が「過剰品質」である。

この説の代表的な論者は、日立製作所で 16 年間半導体の技術開発に従事した後、産業の衰退原因を研究する立場に転じた湯之上隆氏だ。彼の議論はこうである。

日本メーカーは、DRAM を 25 年保証の品質で作り続けた。これは大型汎用コンピュータ(メインフレーム)向けには適切な水準だった。メインフレームは電話交換機や銀行のシステムに使われ、20 年 30 年と動き続ける前提の機械だったからだ。

ところが 1990 年代、市場の主役は PC に移った。PC の寿命はせいぜい数年である。3 年保証で十分な用途に、25 年保証の高価な DRAM を売り続ければどうなるか。韓国の Samsung は、まさにその「必要十分な品質を、安く、大量に」というアプローチでシェアを奪い、日本を抜き去った。

湯之上氏は、これを「過剰技術・過剰品質という病」と呼び、しかも同じ病がロジック半導体でも繰り返されたと指摘する。彼の議論の鋭いところは、外圧に責任を求めない点だ。日本の半導体メーカーは内側から自壊した、というのが彼の立場である。

この説明は非常に説得力がある。だが、これに正面から反論する論者もいる。

元技術者の田口眞男氏は、日経クロステックでこう書いている——64M ビット世代以降になると、海外メーカー製 DRAM も品質に大きな差はなくなっていた。その証拠に、日本メーカー自身の大型コンピュータにさえ海外製 DRAM が採用されていた。つまり「日本製だけが過剰に高品質で高コストだった」という前提が、途中から成り立たなくなっている。

では田口氏が挙げる真因は何か。ビジネスモデルのイノベーション不足である。具体的には 3 点。

第一に、利益率の低さ。 儲かっていないから投資余力がなく、「選択と集中」を強いられ、そして選択を間違える。半導体は数千億円単位の設備投資を数年おきに繰り返さなければ脱落する産業である。利益が薄い状態でこのゲームを続けるのは、資金の細ったプレイヤーがポーカーのレイズ合戦に参加するようなものだ。

第二に、保守的な経営マインド。 世界市場を取りにいくより、特定の市場で堅実にやることを優先する。コスト競争に対応するビジネスモデルの刷新が貧困だった。

第三に、経営人材の質。 経営戦略に長けた人ではなく、「社内競争に勝ち残った人」が昇進する構造。半導体のように数年先の技術動向と数千億円の投資判断が直結する産業で、この人事構造は致命的に働く。

さらに田口氏は、メーカーが多すぎて市場が細分化していたことと、投資のタイミングが悪かったことを決定的な要因に挙げる。日本には NEC、東芝、日立、富士通、三菱電機、松下と、DRAM を作る会社が並んでいた。それぞれが単独では韓国勢の投資規模に対抗できない。市場が下がったときに投資を控え、上がったときには手遅れになる、という後手を繰り返した。

この記事は、後者の説明を採る。過剰品質は症状としては実在したが、病因ではない。病因は「利益の出ない構造のまま、巨額投資が必要なゲームを、六社に分散した資本で戦い続けた」ことにある。品質は結果的に高すぎたのではなく、それ以外に差別化の手段を持たなかったのだ。

そしてこの見方が正しいなら、次の疑問が自然に出てくる。資本配分で負けたのなら、資本配分の巧拙が効きにくい領域では、日本は負けなかったのではないか。

答えは、イエスである。

退却の中で、なぜ装置と材料だけが残ったのか

ここが第 I 部でいちばん重要な節である。

日本のチップメーカーは負けた。だがそのチップを作る装置と材料のメーカーは、いまも世界の頂点にいる。同じ国の、同じ時代の、同じ産業の隣接領域で、なぜこれほど結果が分かれたのか。

よく言われるのは「日本人の気質」「擦り合わせ文化」「品質へのこだわり」といった説明だ。これらは間違いではないが、説明としては弱い。同じ気質を持った人々が DRAM では負けているからだ。

より構造的な説明はこうだと考えられる。装置・材料の競争は、資本の勝負ではなく時間の勝負だからである。

DRAM の競争は、こういう構造をしている。技術の差が小さく、製品が規格化されているため、勝負は「どれだけ大きな工場を、どれだけ早く建てられるか」に収斂する。つまり資本力と投資判断の速さがそのまま勝敗になる。日本企業が最も弱かった部分だ。

一方、装置と材料の競争はこうだ。顧客——TSMC や Samsung や Intel——は、自社の製造ラインに新しい装置や材料を入れる際、5 年から 10 年かけて評価する。半導体の製造は 1,000 工程を超えることもあり、そのうちの一工程で使う薬品を変えるだけで、最終的な歩留まりが変わりうる。歩留まりが 1% 変われば、数十億円の利益が消える。だから顧客は簡単には切り替えない。

この構造が意味するのは、参入障壁が「金」ではなく「時間と信頼」で出来ているということだ。新規参入者が資金を投じても、顧客の評価期間を買うことはできない。10 年の実績を持つサプライヤーに対して、資本だけで追いつく方法が存在しない。

チップ(DRAM・ロジック)

勝敗を決めるのは設備投資の規模とタイミング。参入障壁の正体は資本であり、資本があれば追い越せる。日本の弱点(資本配分の意思決定)が直撃する戦場だった。

結果:敗退

装置・材料

勝敗を決めるのは顧客との実績年数と工程ノウハウ。参入障壁の正体は時間であり、資本では買えない。日本の弱点がほとんど効かない戦場だった。

結果:生存

日本が装置と材料で生き残ったのは、そこが強かったからというより、そこだけが日本の弱点が効かない戦場だったからだと言える。これは慰めにならない事実だが、後の章で「その強さが今後も続くのか」を考えるときに決定的に重要になる。時間で築いた城は、時間をかけられれば落ちるからだ。

2019 年、日本は切り札を一度抜いた

装置と材料の陣地に立てこもった日本が、その陣地の価値を——意図してかどうかは別として——世界に証明してしまった事件がある。

2019 年 7 月 1 日、日本政府は韓国に対する輸出管理の運用を 2 点変更すると発表した。ひとつは韓国を輸出管理上の優遇国(いわゆるホワイト国)から除外すること。もうひとつが重要で、半導体製造に使う 3 品目——フォトレジスト、フッ化水素、フッ化ポリイミド——について、包括許可から個別許可に移行することだった。

包括許可から個別許可への移行というのは、実務的には「毎回、経済産業省の審査を通さないと出荷できない」ということである。禁輸ではない。だが、審査に 90 日かかるかもしれない、という不確実性が生じる。

なぜこの 3 品目だったのか。韓国の半導体産業が、この 3 品目で日本にほぼ全面的に依存していたからである。特に高純度フッ化水素は、半導体の微細な回路をエッチング(腐食加工)する際に使われ、要求される純度が極端に高い。当時、この水準を安定供給できるのは事実上日本企業だけだった。

短期的には効いた。韓国の半導体産業は動揺し、日本の交渉カードとしての威力が可視化された。

問題は、その後に起きたことである。

韓国は国産化と調達先の多角化に全力で走った。翌 2020 年 1 月、韓国産業通商資源省は、韓国の化学メーカー「ソウルブレーン」が高純度フッ化水素の大量生産技術を確立したと発表した。不純物を 1 兆分の 1 まで抑えられる水準だという。同時に、韓国企業は中国や台湾から液体フッ化水素を輸入し、自国内でエッチング剤に精製する体制に切り替えていった。

結果はどうなったか。日本総研の分析によれば、輸出管理が緩和され取引が再開された後も、日本から韓国へのフッ化水素の輸出は、規制前の 2 割程度の水準にとどまっている。

日本は切り札を一度抜き、そして抜いたことでその切り札の 8 割を永久に失った。

これはこの記事全体を貫く教訓である。チョークポイント(急所)を握る強さは、行使した瞬間に減価する資産なのだ。相手は必ず代替手段を探す。そして半導体材料の世界では、10 年かかる参入障壁も、国家的な危機感と資金が投入されれば数年に短縮されうる。

第 II 部と終章で中国の国産化の話をするが、そのときこの 2019 年の事例を思い出してほしい。日本の強みが失われるとしたら、それはこのメカニズムによってである。

そして補助金の時代へ

2020 年代に入り、日本の半導体政策は大きく舵を切った。

きっかけは複数ある。コロナ禍での半導体不足が、サプライチェーンの脆弱性を政治問題化させた。米中対立が、半導体を経済安全保障の中心議題に押し上げた。そして台湾有事のリスクが、「世界の先端チップの大半が台湾で作られている」という事実の危うさを浮かび上がらせた。

日本政府の対応は、率直に言って劇的である。2024 年 11 月に閣議決定された「AI・半導体産業基盤強化フレーム」では、2030 年度までに、補助・委託等で 6 兆円程度、出資や債務保証等で 4 兆円以上、合計 10 兆円以上を AI・半導体分野に投じる方針が示された。

プロジェクト内容政府支援
ラピダス(北海道千歳)2nm 世代の国産ロジック半導体累計 約 2.9 兆円
TSMC 熊本(JASM)第 1・第 2 工場累計 約 1.26 兆円
マイクロン広島AI 向け次世代 DRAM・HBM4最大 5,360 億円
キオクシア(四日市・北上)3 次元フラッシュメモリ最大 2,430 億円

ラピダス一社への支援だけで、日本の年間の科学技術関係予算に匹敵する水準である。しかもラピダスが経産省に提出した事業計画では、累計投資額は 7 兆円を超える見通しとされている。

ここで注意しておきたい重要な区別がある。この記事で繰り返し出てくる論点なので、いま覚えておいてほしい。

信越化学は世界一のシリコンウェハメーカーだが、その生産拠点は日本だけでなく台湾や米国にもある。逆に TSMC 熊本は日本国内の工場だが、日本企業ではない。補助金政策が買おうとしているのは前者ではなく後者——すなわち「有事に国内で半導体を確保できる能力」である。

これは産業政策というより保険の購入に近い。この視点は終章でもう一度扱う。

第 II 部 層別解剖

まず地図を描く

ここからが記事の本体である。日本の現在地を測るには、まず測る対象の構造を知らなければならない。

半導体が一枚のチップになるまでの道のりを、極端に単純化するとこうなる。

EDA・IP 設計ソフト。米 Synopsys / Cadence / Siemens で 74-85% 設計(ファブレス) 米 NVIDIA / Apple / Qualcomm 製造装置 蘭 ASML / 米 AMAT / 日本勢。工程により 0-100% 材料 日本勢が品目別に寡占 前工程(ファウンドリ) 台 TSMC が専業市場の 71% 後工程(OSAT) 台 ASE / 米 Amkor / 中 JCET パッケージ基板・実装材料 日 イビデン / 味の素ほか 鉱物・ガス(最上流) 中国・カタール・米国に集中
半導体サプライチェーンの 8 層。強調した層が日本に強みのある領域。上流から下流へ、まったく異質な産業が縦に連なっている。

この図を見て、まず気づいてほしいことがある。日本の強い層が、真ん中と端に飛び地のように散らばっていることだ。上流の EDA でもなく、中核の前工程でもなく、その両方に「装置」と「材料」という形で部品を供給する位置にいる。

もうひとつ、この産業の性質について押さえておくべき数字がある。米国半導体工業会(SIA)とボストン・コンサルティング・グループの共同調査によれば、このサプライチェーンには、単一の地域が世界シェアの 65% 以上を握っている箇所が 50 か所以上存在する。

50 か所以上、である。しかもそれは異常事態ではなく、この産業の常態だ。

なぜそうなるのか。理由は単純で、半導体の各工程があまりにも専門的で、あまりにも技術的難易度が高く、市場規模がそれに見合わないからである。1,000 工程を超える製造プロセスの、そのうちの一工程だけに使う特殊な装置。その市場は世界全体でも数千億円しかない。そこに 5 社も 6 社も参入する経済合理性はない。結果として、各工程に 1-3 社しか存在しない構造が自然発生する。

では、その 50 か所以上の急所のうち、日本はいくつを握っているのか。層ごとに見ていこう。

層別 1 EDA・設計——ほぼ完全な空白地帯

最初の層から、日本にとっては厳しい話になる。

EDA Electronic Design Automation

半導体の回路を設計するためのソフトウェア。現代のチップは数百億個のトランジスタを含み、人間が手で設計することは物理的に不可能なので、これなしには一枚も設計できない。半導体設計における CAD であり、コンパイラであり、シミュレータでもある。

この市場は、米国 3 社——Synopsys、Cadence、Siemens EDA(元は米 Mentor Graphics)——が握っている。シェアは Synopsys が約 31%、Cadence が約 30%、Siemens が約 13% で、合計で約 74%。調査によっては 3 社合計が 85% を超えるという数字もある。しかもこの寡占は 10 年以上続いている。

日本企業の存在感は、実質的にゼロに近い。

これがどれほど重大かというと、米国が中国に対して EDA の輸出を制限すると、中国は先端チップを設計することすらできなくなる。実際、これは米中対立において繰り返し使われてきたカードだ。EDA は、半導体サプライチェーンで最も上流にあり、最も強力なチョークポイントのひとつである。

日本もこの弱点は認識している。東京大学が運営する VDEC(VLSI 設計教育センター)が政府支援を受けて EDA ツールのライセンスを一括契約し、153 大学・640 以上の研究グループに提供している。東京大学と産総研の「AI チップ設計拠点」なども動いている。ただしこれらは人材育成の施策であって、EDA 産業を作る施策ではない。

設計そのもの(ファブレス)の層も似た状況だ。NVIDIA、Apple、Qualcomm、Broadcom——AI 時代の勝者はすべて米国のファブレス企業である。日本にはソニー(イメージセンサ)やルネサス(車載マイコン)のような、設計と製造を自社で持つ企業はあるが、世界的なファブレス企業は育たなかった。第 I 部で見た「水平分業への転換に失敗した」というのは、まさにこの層での失敗を指している。

層別 2 製造装置——「約 31%」が隠しているもの

ここから日本の強い領域に入る。ただし、この層はいちばん誤解されやすい。

半導体製造装置の市場は、2026 年に過去最高の約 1,390 億ドル規模に達すると見込まれている。この市場における日本企業のシェアは約 31% で、米国に次ぐ世界 2 位である。

「31%」という数字を見て「日本は装置で強い」と結論するのは、半分正しく、半分間違っている。なぜなら、製造装置は数十種類あり、種類ごとに勝者がまったく違うからだ。31% はそれらを金額で合算した平均値にすぎず、実態は極端な二極化になっている。

EUV マスク検査(レーザーテック) 100% EUV 露光(ASML・蘭) 100% 塗布現像(東京エレクトロン) 約 90% ダイシング(ディスコ) 約 80% グラインダ(ディスコ) 70% 超 露光全体(ASML・蘭) 約 95% 露光(日本勢) 実質 0%
工程別の装置シェア。日本は勝つところでは圧勝し、負けるところでは完敗するという極端な分布をしている。洗浄(SCREEN)とテスタ(アドバンテスト)も日本が世界首位級。

この分布から読み取るべきことは 3 つある。

第一に、日本の勝ち方が異常に強い。 東京エレクトロンの塗布現像装置は約 90%、EUV 露光用に限れば 100%。レーザーテックの EUV マスク検査装置も 100%。ディスコのダイシング・グラインダは 70-80%。これらは「シェアが高い」というレベルではなく、代替が存在しないという状態である。

第二に、負け方も徹底している。 露光装置——半導体製造で最も高価で、最も重要な装置——のシェアは実質ゼロである。ASML の EUV 露光機は 1 台で数百億円し、これなしには最先端チップが作れない。かつてはニコンとキヤノンが露光装置の主要プレイヤーだったが、EUV への技術転換で決定的に脱落した。

第三に、そしてここが最も重要なのだが——日本が勝っている工程は、市場が小さい。

考えてみてほしい。ASML の EUV 露光機は 1 台数百億円で、先端工場には数十台が必要になる。一方、ダイシング装置は 1 台数千万円から数億円である。シェア 80% を取っても、市場規模が 20 分の 1 なら、売上は 4 分の 1 にしかならない。

実際、データがそれを示している。日本の装置シェアは 2008 年には 40% を超えていた。それが 2013 年頃から 30% 前後に低下し、2020 年には 30% を割ったという調査もある。個々の日本企業が負けているわけではない。むしろ各社は自分のニッチで勝ち続けている。にもかかわらず全体シェアは下がる。これは競争に負けているのではなく、戦っている市場のサイズが相対的に縮んでいるという現象だ。

装置メーカーの収益性

もう一点、投資家の視点から見ておくべきことがある。シェアの話とは別に、この層は極めて儲かる。

企業直近の売上収益性
東京エレクトロン2 兆 4,435 億円(26 年 3 月期)営業利益 6,249 億円
アドバンテスト9,500 億円(26 年 3 月期見通し)純利益 2,750 億円・前期比 71% 増
信越化学2 兆 5,740 億円(26 年 3 月期)営業利益率 24.7%
ディスコ—営業利益率 40.5%(26 年 3 月期中間)
ASML88 億ユーロ(26 年 Q1)売上総利益率 53.0%
Applied Materials70 億ドル(26 年度 Q1)営業利益率 26.1%

ディスコの営業利益率 40% 超は、製造業の数字ではない。ソフトウェア企業に近い水準である。これが「代替不可能なニッチを握る」ことの経済的な意味だ。市場は小さくても、その市場では価格決定権を持てる。

つまり日本の装置メーカーは、産業全体を支配することはできないが、極めて質の高い利益を稼ぐことはできるというポジションにいる。国家戦略としては物足りないが、企業としては優秀なビジネスモデルである。

層別 3 材料——ここが日本最強の陣地

半導体材料は、この記事で最も重要な層である。日本の「強さ」を語るとき、その中身の大半はこの層のことを指している。

まず市場規模を押さえておく。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)によれば、2025 年の世界半導体材料市場は前年比 6.8% 増の 732 億ドルで過去最高を更新した。内訳はウェハ工程用材料が 458 億ドル、パッケージング用材料が 274 億ドルである。

この市場で、日本企業は品目別に圧倒的なシェアを持つ。

材料用途日本勢のシェア主要企業
シリコンウェハチップの土台になる円盤。すべての出発点約 6 割信越化学(約 30%)+ SUMCO(約 23-25%)
フォトレジスト光を当てると性質が変わる感光剤。回路パターンを転写する約 9 割信越化学・JSR・東京応化・富士フイルム
CMP スラリーウェハ表面をナノ単位で平坦に磨く研磨液世界首位レゾナック
ABF フィルム高性能 CPU の基板に使う層間絶縁フィルムほぼ独占味の素ファインテクノ
ダイアタッチフィルムチップを基板に貼り付ける接着フィルム世界首位レゾナック
ドライフィルムレジスト基板の回路形成に使う膜世界首位レゾナック
感光性絶縁材料チップ表面の保護・再配線に使う世界首位レゾナック
高純度ガス・特殊ガスエッチングや成膜に使う各種ガス高シェア複数社
封止材チップを樹脂で包んで保護する高シェア複数社

レゾナック 1 社だけで 5 品目の世界首位を持っている。

なぜ日本企業がこれほど強いのか

理由 1:純度の要求が常軌を逸している。 半導体材料の世界は、ppt(parts per trillion=1 兆分の 1)の単位で不純物を管理する。しかも「純度が高ければいい」のではない。ロットごとのばらつきが小さいことが決定的に重要だ。半導体工場は 1,000 工程を超えるプロセスを流しており、そのうち一工程の材料の性質がわずかに変わっただけで、最終的な歩留まりが数 % 変動しうる。歩留まりが数 % 変われば、数十億円の利益が消える。

日本の製造業が伝統的に得意としてきた「ばらつきの極小化」が、ここではそのまま参入障壁になっている。

理由 2:顧客の評価期間が 5-10 年ある。 TSMC や Samsung が新しい材料を採用するには、テスト、量産評価、認定という段階を経る。新規参入者は、たとえ技術的に同等の製品を作れたとしても、この時間を短縮できない。

理由 3:材料の売上に対して、失敗のコストが不釣り合いに大きい。 ある薬品の年間取引額が 10 億円だとする。だがその薬品の品質不良で工場が 3 日止まれば、顧客の損失は 100 億円を超える。顧客はサプライヤーを価格で選ばない。安心で選ぶ。この非対称性が、既存サプライヤーを守り続けている。

「日本企業のシェア」と「日本の市場規模」は別物

ここで重要な注意点がある。この記事でいちばん誤解を招きやすい箇所なので、丁寧に説明したい。

同じ SEMI の調査で、2025 年の半導体材料市場を「国・地域別」で見ると、最大は台湾の 217 億ドル、日本は 68 億ドルで 4 位である。

「日本企業が 9 割のシェアを持つ」という話と、「日本は材料市場で 4 位」という話。この二つは矛盾しているように見えるが、していない。測っているものが違うからだ。

日本企業のシェア

どこの会社が売ったかを測る。信越化学が台湾の工場で作って TSMC に売れば、ここにカウントされる。

フォトレジスト約 9 割、シリコンウェハ約 6 割はこの数字。

国・地域別の市場規模

どこの国で消費されたかを測る。半導体材料は工場のある場所で消費されるので、台湾・韓国・中国が上位になる。

日本 68 億ドルで 4 位はこの数字。

そして実際、日本の材料メーカーは急速に海外生産を進めている。JSR は韓国と米国に生産拠点を持ち、信越化学は台湾や米国でも生産している。2024 年には群馬県伊勢崎市に約 830 億円を投じてフォトレジスト新工場を建設する計画も発表されたが、これは韓国・米国などへの輸出拠点という位置づけである。

つまり、「日本企業が強い」ことは「日本国内に生産能力がある」ことを意味しない。この区別は、経済安全保障を論じるときに決定的に効いてくる。有事に日本が握れるのは、日本企業が持つ技術と経営権であって、必ずしも国内の生産設備ではない。

層別 4 後工程・実装——AI が「地味な工程」を主役にした

半導体の製造は、大きく前工程と後工程に分かれる。

前工程

シリコンウェハに回路を焼き込む工程。ここが半導体製造の花形で、「7nm」「3nm」「2nm」といった微細化の数字はすべて前工程の話である。

後工程

回路を焼き終えたウェハをチップ単位に切り分け、パッケージに封入し、外部と接続する端子をつけ、検査する工程。長らく「前工程が本番、後工程は仕上げ」と見なされてきた。

この構図が、ここ数年で崩れた。理由は 2 つある。ひとつは、微細化そのものが物理的な限界に近づき、性能向上のペースが鈍ったこと。もうひとつは、AI 向けの半導体が「巨大な 1 つのチップ」ではなく「複数のチップを組み合わせた集合体」になったことだ。

NVIDIA の AI 向け GPU を例にとろう。あれは 1 個の巨大チップではない。演算を行うロジックチップの周囲に、HBM(High Bandwidth Memory:広帯域メモリ)と呼ばれるメモリを積層したものを複数個並べ、それらをインターポーザという中継基板の上で高密度に配線し、全体を 1 つのパッケージに収めている。

つまり、AI 半導体の性能は「どう作るか」だけでなく「どう組み合わせるか」で決まるようになった。組み合わせる技術は後工程の領域である。こうして後工程は、コストセンターから、性能を左右する主戦場に格上げされた。

そして日本企業は、この領域に厚く分布している。

HBM(積層メモリ) 薄化・研削はディスコ、接着材料はレゾナック GPU ダイ 設計 NVIDIA / 製造 TSMC。レジストは JSR・東京応化 インターポーザ TSMC CoWoS。ラピダスはガラスパネル方式に挑戦 パッケージ基板(FC-BGA) イビデン。絶縁膜は味の素 ABF フィルムがほぼ独占 出発点:シリコンウェハ 信越化学・SUMCO で世界の約 6 割
AI 向け GPU パッケージの断面(模式図)。チップそのものを作る会社は日本にないが、作るための材料と装置の多くは日本製である。検査工程ではアドバンテストのテスタ、露光用マスクの検査ではレーザーテックが不可欠。

具体的に見ていこう。

アドバンテストは半導体テスタ(検査装置)の世界首位級である。AI 半導体は検査項目が桁違いに多く、HBM のような積層メモリは高速インターフェースと精密な熱制御を同時に要求する。同社の業績はこの需要を直接反映しており、2026 年 3 月期の純利益は前期比 71% 増の 2,750 億円という見通しになっている。

ディスコはダイシング(切断)とグラインダ(研削)で世界を握る。HBM はメモリチップを何層も積み重ねる構造で、積むためにはチップを極限まで薄く削らなければならない。ディスコの装置がなければ HBM は作れない。

イビデンは FC-BGA という高性能パッケージ基板の主要供給者であり、味の素ファインテクノの ABF フィルムは高性能 CPU 向けでほぼ独占状態にある。ABF は「味の素ビルドアップフィルム」の略で、そう、あの調味料の味の素である。アミノ酸研究の副産物から生まれた絶縁材料が、世界の CPU の中に入っている。

レーザーテックの EUV マスク検査装置は世界シェア 100%。レゾナックは研磨材から接着フィルムまで 5 品目で世界首位。信越化学と SUMCO はウェハそのものを供給する。

つまり——AI ブームの果実は、チップを設計・製造する米台韓の企業だけでなく、その製造を支える日本企業にも確実に流れ込んでいる。

一方で、後工程の「受託」そのものでは日本は弱い

ただし注意が必要だ。後工程の受託サービス(OSAT)という事業そのものでは、日本の存在感は薄い。

世界の OSAT 市場は、台湾の ASE(統計により 27.6% とも 44.6% とも)、米国の Amkor(約 15%)、中国の JCET(約 11-12%)で 7 割前後を占める寡占構造だ。日本ではアオイ電子などが手がけているが、世界上位には入っていない。

日本が強いのは「後工程をやる会社」ではなく、「後工程で使う装置と材料を売る会社」である。この区別は、装置・材料層での日本の位置づけとまったく同じ構図だ。日本は一貫して、プレイヤーではなく武器商人の位置にいる。

なお、ラピダスがこの領域に賭けている点は触れておく価値がある。同社は 2026 年 4 月に後工程パイロットラインを立ち上げ、600mm 角のガラスパネルを使ったパネルレベルパッケージング(PLP)の世界初の実証に取り組んでいる。従来の直径 300mm ウェハからはインターポーザが約 4 個しか取れないが、600mm 角パネルなら約 49 個取れる。生産効率は約 10 倍という計算になる。

先端ロジックで正面から TSMC に挑むより、後工程の新方式で差別化する——これは戦略として理にかなっている。

層別 5 デバイス——下落は、まだ止まっていない

ここで再び、厳しい話に戻る。

日本の半導体(デバイス、つまりチップそのもの)の世界シェアは、2025 年 1 月に 6.9%、7 月に初めて 6% を割り、8 月に 5.7%、11 月には 5.0% まで低下した。前年同月(2024 年 11 月)は 7.2% だったから、1 年で 3 割近く落ちたことになる。しかもこの間、日本以外のすべての地域が二桁成長していた。日本だけが 6 か月連続のマイナス成長だった。

セミコンポータルの分析では、2025 年 12 月以降、日本のシェアが 4% 台に入る可能性が指摘されている。1988 年に 50.3% だった数字である。

0.0 13.6 27.2 40.7 54.3 1988 2000 2010 2019 2025
  • 日本の半導体世界シェア

日米半導体協定は 1986 年から 1996 年まで。協定終了後も下落が止まらなかったという事実が、「外圧主因説」への最も強い反証になっている。(各年の数値は集計主体により差がある。1995 年から 2015 年の中間点は趨勢を示すための概数)

それでも残っている砦

とはいえ、デバイスの層で日本が全滅したわけではない。いくつかの分野では、いまも世界の中心にいる。

CMOS イメージセンサ。 スマートフォンやデジタルカメラの「目」にあたる部品である。2025 年の市場は前年比 9% 増の 253 億ドルで過去最高を更新し、地域別では日本が 51% でトップ。企業別ではソニーセミコンダクタソリューションズが全体売上の約 50% を占める。ソニー 1 社で世界の半分を握っている、という状態だ。

ただし警戒すべき兆候もある。同じ 2025 年、中国勢がシェア 21% で 2 位に浮上し、韓国勢の 17% を上回った。ハイエンドはソニー、ミドル・ローエンドは中国勢という構図が固まりつつあり、Samsung が挟撃されている。この「下から中国が来る」構図は、他の分野でも繰り返し現れるパターンである。

パワー半導体。 電力を効率よく制御する半導体で、EV や再生可能エネルギー、産業機器に不可欠だ。世界売上ランキングでは首位がドイツの Infineon だが、日本勢は上位 20 社に 5 社(三菱電機 4 位、富士電機 5 位、東芝 6 位、ローム 8 位、ルネサス 14 位)が入り、上位 10 社に入る 5 社の合計シェアは約 25.5% とされる。

ここは日本が「まだ強い」と言える数少ないデバイス分野である。ただし足元は厳しい。ロームもルネサスも、直近では市場成長の鈍化で最終赤字を経験している。ロームは 2026 年 3 月期に 100 億円の黒字に浮上する見通しだが、前期は 500 億円の赤字だった。そして再編が進んでおり、ロームは東芝デバイス&ストレージの半導体事業との統合に向けたデューデリジェンスを実施しつつ、三菱電機のパワーデバイス事業との統合も並行して協議している。

メモリ。 キオクシアは NAND 型フラッシュメモリで世界 3-4 位、シェア約 19-20% を保ってきた。だが 2026 年第 2 四半期には、中国の YMTC がキオクシアをわずかに上回り 3 位に浮上した。日本最後のメモリの砦も、順位を落としている。

「レガシー」という戦場での中国の圧力

デバイス層で日本が直面している最大の構造問題は、成熟プロセス(レガシー)市場への中国の大量参入である。

半導体には「最先端」と「成熟」がある。スマホや AI サーバー向けの最先端チップは 2nm や 3nm で作られるが、自動車、家電、産業機器に使われるチップの大半は、10 年以上前の 28nm 以上のプロセスで十分だ。そしてこの成熟プロセスは、特別な装置も特別な技術も要らない——ただし膨大な設備投資は要る。

中国は米国の輸出規制で最先端に進めない。そこで成熟プロセスに全力で投資した。結果として、中国が 2026 年末までに成熟プロセス市場の世界シェア 33% を占める可能性が指摘されている。

これは日本のパワー半導体メーカーや車載半導体メーカーにとって、直接の脅威である。技術で負けるのではなく、中国が国策で作った過剰供給能力による価格下落で採算が悪化する。ルネサスとロームの苦戦の背景には、この構造がある。

層別 6 前工程——ほぼ不在、だから政策が動いた

ファウンドリ

自社ブランドのチップを持たず、他社の設計したチップを製造することに特化した企業。この業態を発明したのが台湾の TSMC で、そして現在、TSMC はこの市場を支配している。

2025 年第 3 四半期の専業ファウンドリ市場で、TSMC のシェアは 71%。四半期売上 330 億ドル。2 位の Samsung Foundry が 31 億ドル、3 位の SMIC が 23 億ドルだから、桁が違う。

日本にはこの層のプレイヤーが事実上存在しない。かつては各社が自社工場を持っていたが、水平分業の波の中で工場を切り離し、そして切り離した工場は競争力を失っていった。

一方で、「製造能力の立地」という別の切り口で見ると、日本はまだ一定の位置にいる。

韓国 22.2% 台湾 22.0% 中国 19.1% 日本 13.4% 米国 11.2% 欧州 4.8%
ウェハ生産能力の国別シェア(2023 年末時点)。日本はデバイスの世界シェアが 5% でも、生産能力では 13.4% を保持している。

日本 13.4%——世界シェア 5% のデバイス生産しかないのに、生産能力では 13% を持っている。これは日本国内の工場の多くが、日本企業向けではなく、成熟プロセスの受託や車載向け、そして海外企業の日本工場(TSMC 熊本、マイクロン広島)だからだ。

そしてこの 13.4% を維持・拡大することこそが、第 I 部で見た 10 兆円規模の補助金政策の目的である。

層別 7 鉱物・ガス——ここでは日本が「握られる側」になる

ここまで、日本が「握っている」層の話をしてきた。最後にひとつ、日本が握られている層を見ておく必要がある。この層を見落とすと、日本の交渉力を過大評価することになるからだ。

半導体の製造には、周期表の 118 元素のうち、驚くほど多くの元素が使われる。そしてその多くが、供給地の偏在した希少資源である。

中国のレアアース・重要鉱物の輸出管理

中国は 2023 年以降、半導体や先端産業に必要な鉱物の輸出管理を段階的に強化してきた。時系列で並べると、その執拗さがわかる。

段階的な範囲拡大

2023-2025 年
2023 年 8 月
ガリウム、ゲルマニウム関連品目を輸出管理に追加。
2023 年 12 月
黒鉛関連品目を調整。
2024 年 9 月
アンチモン関連品目を新規追加。
2025 年 2 月
タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウムを追加。
2025 年 4 月
複数のレアアース品目を追加。

米中は緩和、日中は強化

2025-2026 年
2025 年 10 月
レアアース関連で大規模な再輸出規制を発動。
2025 年 11 月
米中首脳会談を受け、一部措置を 2026 年 11 月 10 日まで 1 年間暫定停止。
2026 年 1 月 6 日
日本向けのデュアルユース品目の輸出管理を強化し、即日施行。

注目すべきは最後の項目である。2026 年 1 月 6 日、中国商務部は公告 2026 年第 1 号で、日本に対する両用(デュアルユース)品目の輸出管理強化を発表し、即日施行した。全ての両用品目について、日本の軍事ユーザー・軍事用途、および「日本の軍事力向上に寄与するその他一切のエンドユーザー・用途」への輸出を禁止する内容である。

背景には、高市首相の台湾有事をめぐる国会答弁を受けた政治的圧力があるとされている。対象品目はレアアースを含む 850 以上に及ぶ可能性が報じられた。

ここで押さえておくべき構造がある。米中間では 2025 年 11 月に緊張緩和が成立した一方で、日中間ではむしろ規制が強化された。 つまり日本は、米中の取引の外側で、単独で圧力を受ける位置に立たされうる。

これは 2019 年に日本が韓国に対してやったことの、鏡像である。チョークポイントを握る国は、それを使う誘惑に勝てない。そして日本は、握る側であると同時に握られる側でもある。

ヘリウムという盲点

もうひとつ、あまり知られていないが深刻な依存がある。ヘリウムである。

ヘリウムは半導体製造で、ドライエッチング装置、CVD(化学気相成長)装置、EUV 露光装置などに使われる。特にエッチング工程では、プラズマで加熱されるウェハの温度をヘリウムガスで精密に制御している。この機構が働かなければ、エッチングプロセスそのものが成立しない。

そしてヘリウムは、事実上代替のきかない元素である。地球上でヘリウムは天然ガス田からの副産物としてしか採れず、大気中に逃げたヘリウムは回収できない。

2025 年の世界生産シェアは、米国 43%、カタール 33%、ロシア 9%、アルジェリア 6%。上位 2 か国で 4 分の 3 である。

そして 2026 年 3 月初旬、中東情勢の悪化に伴い、世界供給の約 3 分の 1 を担うカタールのラスラファン工業都市がドローンおよびミサイル攻撃を受けた。世界のヘリウム供給の 3 分の 1 が一時的に失われる事態となった。

日本国内のヘリウム供給は岩谷産業などの産業ガス会社が担っているが、そもそも日本にヘリウムの資源はない。日本が誇る装置も材料も、ヘリウムが止まれば動かない。

もうひとつのリスク——地震

サプライチェーンの議論では地政学ばかりが注目されるが、日本には固有のリスクがある。地震である。

2026 年 7 月 28 日、最大震度 7 の熊本地震(令和 8 年熊本地震)が発生した。熊本県は「シリコンアイランド九州」の中心地であり、TSMC の JASM、ソニーセミコンダクタ、ルネサス、三菱電機の工場が集積している。

影響は即座に出た。ルネサスは川尻工場と錦工場の操業を停止(錦工場では天井パネルの落下や壁面のひび割れを確認)、ソニーセミコンダクタの熊本テクノロジーセンターも生産を一時停止した。JASM は従業員を避難させ、隣接地での第 2 工場の建設を一時中断した。

ただし、結果としては 2016 年の熊本地震と比べて影響は限定的だった。ソニーは 8 月 4 日から段階的に操業を再開し、8 月中旬には地震前の水準に復旧する見通しとなった。JASM の第 2 工場も 29 日には工事を再開している。専門家は「10 年で地震対策が進んだ」と評価しており、免震構造の導入などが効いたとされる。

とはいえ、この出来事は重要な事実を可視化した。

SIA/BCG のレポートが「半導体製造能力の約 75% が、地震活動と地政学的緊張に高くさらされた中国・東アジアに集中している」と指摘するとき、その「東アジア」には日本も含まれている。

層別スコアカード

第 II 部で見てきたことを、一枚にまとめよう。

層シェア代替不可能性市場規模5 年後総合
EDA・IPほぼ 0%—中変化なし不在
設計(ファブレス)僅少—特大変化なし不在
製造装置約 31%工程により極めて高い大(1,390 億ドル)やや低下強い(天井あり)
材料品目別に 50-100%極めて高い中(732 億ドル)低下圧力最強
前工程企業として不在/立地 13.4%—特大政策で拡大中弱い → 補強中
後工程(受託)数 %低い中変化なし弱い
後工程(装置・材料)高い高い拡大中AI 需要で拡大強い
デバイス5.0%・低下中分野により中特大(9,754 億ドル)さらに低下弱い
鉱物・ガス———依存継続握られる側

この表から読み取れる、最も重要なパターンはこれである。

日本が強い層ほど市場が小さく、日本が弱い層ほど市場が大きい。

2026 年の世界半導体市場は 9,754 億ドル(約 151 兆円)に達すると予測されている。これに対し、装置市場は 1,390 億ドル、材料市場は 732 億ドル。日本が支配的な地位を持つ 2 つの層を合わせても、半導体市場全体の 2 割強にしかならない。

そしてその 2 割強の中でも、日本のシェアは装置で 31%、材料で品目別。金額ベースで日本企業が押さえている付加価値は、半導体産業全体から見れば決して大きくない。

これが、「日本は半導体に強い」と「日本の半導体は 5%」が両方成り立つ理由である。

終章 で、日本は強いのか

「強い」を 4 つに分解する

ここまでのデータを前に、「日本は強いか」という問いに一言で答えようとすると、必ず失敗する。強いとも弱いとも言えるからだ。

問題は、「強い」という言葉が 4 つの別々の意味を含んでいることにある。分けてみよう。

強さの種類何を測るか日本の評価
1. 規模の強さどれだけ大きな売上・付加価値を稼いでいるか弱い。デバイス 5%、装置・材料を足しても市場全体の 2 割強の一部
2. 代替不可能性の強さ止まったとき、世界がどれだけ困るか極めて強い。100% シェアの品目を複数持つ
3. 収益性の強さその事業が儲かっているか強い。ディスコ営業利益率 40%、信越 25%
4. 持続性の強さその地位が今後も続くか不確実。侵食が進行中

日本の半導体産業を評価するとき、多くの議論が混乱するのは、論者ごとに違う「強さ」を語っているからである。

「日本の半導体は終わった」と言う人は 1 を見ている。デバイスシェア 5%、世界トップ 10 に日本企業ゼロ。これは事実だ。「日本は半導体の急所を握っている」と言う人は 2 を見ている。フォトレジスト 9 割、EUV マスク検査 100%。これも事実だ。

両者は矛盾していない。違う質問に答えているだけである。

チョークポイント——止めたとき、相手は何日困るか

2 の「代替不可能性」を、もう少し厳密に考えてみよう。この概念はチョークポイント(choke point:急所、隘路)と呼ばれる。

チョークポイントの強さは、シェアの数字そのものではない。その供給が止まったとき、相手が代替手段を見つけるまでにかかる時間で測るべきである。

この基準で日本の持ち札を評価すると、こうなる。

日本が握るもの代替所要時間(推定)強度
EUV マスク検査装置(レーザーテック)代替企業が存在しない。開発に数年最強
EUV 用塗布現像装置(東京エレクトロン)同上最強
ABF フィルム(味の素)同等品の認定に数年極めて強い
先端フォトレジスト品目により 1-5 年(2019 年の韓国では約 1 年で目処)強いが減衰する
シリコンウェハ増産に 2-3 年、認定に追加期間強い
ダイシング・グラインダ装置中国勢が追随中中-強

この見方をすると、日本の切り札は一枚岩ではないことがわかる。EUV 関連の装置は当面ほぼ絶対的である一方、汎用性の高い材料は、国家的な決意と資金があれば数年で崩せる。2019 年の韓国のフッ化水素がまさにそれだった。

ここで、この記事全体で最も重要な指摘をしておきたい。

なぜか。理由は 3 つある。

第一に、行使すると失われる。 2019 年の対韓輸出管理がこれを実証した。日本はカードを一度切り、その結果、フッ化水素の対韓輸出は規制前の 2 割水準に落ちたまま戻っていない。カードを切ることは、そのカードを捨てることと同義だった。

第二に、行使しなくても模倣される。 相手国は「いつか使われるかもしれない」というだけで国産化に動く。中国はまさにこの動機で装置と材料の国産化を進めている。

第三に、技術転換で無効化される。 ニコンとキヤノンは露光装置で世界を握っていたが、EUV という新方式への転換で地位を失った。技術の世代交代は、既存のチョークポイントを一夜にして無価値にする。

つまり、2 の強さは 3 の収益性を生むが、4 の持続性を保証しない。むしろ行使すればするほど、注目されればされるほど、失われやすくなるという性質を持つ。

依存の非対称性——収支を取る

では、日本が「握るもの」と「握られるもの」の収支はどうなっているのか。

日本が握っているもの

  • EUV 関連装置(塗布現像・マスク検査)
  • フォトレジスト(約 9 割)
  • シリコンウェハ(約 6 割)
  • ABF フィルム(ほぼ独占)
  • ダイシング・グラインダ(7-8 割)
  • CMP スラリー・封止材ほか
  • テスタ(アドバンテスト)

日本が握られているもの

  • EDA・設計ツール(米国 3 社)
  • EUV 露光装置(ASML)
  • 先端ロジックの製造(TSMC)
  • エッチング・成膜装置(米国)
  • ガリウム・レアアース(中国)
  • ヘリウム(米国・カタール)
  • 半導体そのものの供給(台韓)

一見、互角に見える。だが 2 つの非対称性がある。

非対称性 1:日本が握るのは「工程の一部」だが、握られるのは「工程の全部」である。

日本の材料や装置が止まれば、世界の半導体生産は確かに困る。だが困るのは「その工程」であって、多くの場合、多少の性能低下や歩留まり悪化を受け入れれば代替が効く場合もある。

一方、日本が EDA を止められれば設計ができない。EUV 露光機を止められれば先端チップが作れない。TSMC が止まれば、日本のあらゆる電子機器が作れなくなる。これらは「工程の一部が困る」のではなく「全部が止まる」性質の依存だ。

非対称性 2:日本の相手は中国であり、中国は日本にとって最大の顧客でもある。

これが最も厄介な構造である。

日本の半導体製造装置の輸出において、2025 年 1-9 月の輸出額 3.36 兆円のうち、中国向けが 1.45 兆円で 43% を占めた。次いで台湾 25%、韓国 16%、米国 8%。2024 年 1-3 月期までは 3 四半期連続で 5 割を超えていた時期もある。日系装置メーカー上位 5 社の中国向け売上比率は、ピーク時の 2024 年 4-6 月期に 45.0% に達していた。

つまり、日本の装置産業の最大の収益源は中国である。そして中国は、その日本の装置を国産化しようとしている相手であり、レアアースで日本に圧力をかけている相手でもある。

さらに事態は動いている。2026 年 4-6 月期の決算では、日系装置メーカーの中国向け売上比率は 26.3% まで低下した。米国の輸出規制の影響もあるが、中国の国産化が進んだ結果でもある。

これは日本にとって二重に厳しい。中国依存が減ることは安全保障上は望ましいが、それは同時に売上の消失を意味する。安全保障と収益が正面から対立している。

賞味期限は何年か

日本の強さがあと何年もつのか。侵食の要因を 3 つ挙げる。

侵食 1:中国の国産化

最も直接的な脅威である。数字が明快なので、そのまま示す。

PVD(成膜) 50% エッチング 37% 全体平均(2025 年) 21% 全体平均(2017 年) 4% 露光 2%
中国の半導体製造装置の国産化率。全体では 8 年で 4% から 21% へ。ただし露光装置だけは 2% にとどまり、ここに攻略の難易度差が現れている。

中国の半導体製造装置の国産化率は、2017 年の 4% から 2025 年には 21% に上昇した。装置種別ごとの差は大きく、PVD(成膜)装置では 50%、エッチング装置でも 37% に達している一方、露光装置の国産化率はわずか 2% にとどまる。

材料でも同様の動きがある。中国政府は 2026 年にフォトレジストの国産化率を約 40% まで引き上げる目標を掲げている。そして 2025 年、世界の半導体製造装置メーカー上位 20 社に中国企業が 3 社入った。2022 年の 3 倍である。

この数字の意味を、正しく理解する必要がある。中国は「技術的に不可能な領域」(露光)ではまだ 2% しか進んでいない。だが「難しいが不可能ではない領域」では、8 年で 4% から 50% まで来た。

日本が強い領域の多くは、後者に属する。塗布現像、洗浄、ダイシング、研磨材、レジスト——これらは露光装置ほど物理的に極端な難易度ではない。長年の擦り合わせと信頼で守られてきた城であって、原理的に不可能な城ではない。

そして中国には、日本が持っていないものがある。巨大な国内需要である。中国の半導体生産能力はすでに世界首位級で、国産装置を試す実地の場が国内に大量にある。装置は使われることでしか改良されない。この点で、中国のキャッチアップ速度は日本の想定より速い可能性がある。

侵食 2:市場規模の罠による構造的なシェア低下

装置の章で見た通りである。日本の装置シェアは 2008 年の 40% 超から 30% 前後に下がり、2020 年には 30% を割ったという調査もある。個々の企業が負けたのではなく、日本が強い小さな市場より、日本が弱い大きな市場のほうが速く成長するという構造の帰結だ。

AI 時代にはこの傾向が加速する可能性がある。AI 半導体の価値は圧倒的にロジックとメモリに集中しており、そこは TSMC、NVIDIA、SK hynix、Samsung の領域である。日本企業は「AI ブームの受益者」ではあるが、「AI ブームの主役」ではない。

侵食 3:人材

最も静かで、最も対処が難しい制約である。

日本政策投資銀行のレポートや、電子情報技術産業協会(JEITA)の試算によれば、JEITA 半導体部会に参加する 9 社だけで、今後 10 年間に 43,000 人の半導体人材が必要とされる。この数字には TSMC 熊本(JASM)もラピダスも含まれていない。

日本政策投資銀行の 2025 年度設備投資計画調査では、電気機械業種の 65% の企業が「技術職・エンジニアが不足している」と回答している。製造業全体の 44.4% と比べて突出して高い。

半導体人材は、大学の学部・大学院で数年、実務で数年をかけて育つ。2030 年に必要な人材は、2026 年時点ですでに大学にいなければ間に合わない。補助金は工場を 1-2 年で建てられるが、人は建てられない。

ラピダスは何を賭けているのか

日本の半導体政策の中心にあるのがラピダスである。この記事の文脈でどう評価すべきか、整理しておきたい。

政府支援累計
2.9 兆円
2026-27 年度に 1 兆円超を追加
事業計画上の累計投資
7 兆円超
2031 年度に上場計画
2nm 量産開始目標
2027 年
歩留まり改善を約 2 年で

事実関係を並べると、2025 年 7 月に 2nm トランジスタの動作を確認し、以降特性改善が進行している。IBM のアルバニー拠点で 1 年半かかった改善を、千歳工場では 2 か月弱で実現したとされる。2026 年 4 月には後工程パイロットラインを立ち上げ、600mm 角ガラスパネルによる PLP の世界初実証に着手した。2026 年 7 月、小池 CEO が TSMC 以下の水準(参考価格 300 万-350 万円)で 2nm を提供する方針を表明している。

技術的なハードルの核心は歩留まりである。最先端プロセスの歩留まり改善には通常 2-3 年かかるところを、ラピダスは約 2 年で達成しようとしている。IBM の技術協力を得ているとはいえ、量産実績ゼロの新興ファウンドリが、TSMC が数十年かけて積み上げた製造ノウハウに追いつくという計画である。

投資家の視点から、私はこの賭けを次のように評価する。

純粋な事業として見れば、勝算は厳しい。TSMC は 71% のシェアと圧倒的な学習曲線を持ち、資本規模でも桁が違う。後発が正面から挑んで勝った例は、この産業にほとんどない。

だが保険として見れば、計算は変わる。台湾有事で先端半導体の供給が止まったとき、日本にゼロから作る能力があるかないかは、経済全体に対する影響が桁違いになる。7 兆円は、そのオプション料である。

問題は、この二つの評価軸が公的な議論の中で混同されていることだ。「ラピダスは黒字化できるのか」という問いと、「日本は先端半導体の自給能力を持つべきか」という問いは、別の問いである。前者の基準で後者を評価すれば、あらゆる安全保障投資は非合理に見える。後者の基準で前者を評価すれば、あらゆる赤字が正当化されてしまう。

ラピダスが 2031 年度の上場を計画しているということは、少なくとも建前としては前者(事業として成立させる)を目指しているということだ。その評価は、2027 年の量産開始と歩留まりの実績が出るまで下せない。

なお、後工程の PLP への賭けのほうが、私には筋がよく見える。前工程で TSMC と同じ土俵に立つのは資本の勝負になるが、後工程の新方式は「まだ誰も確立していない領域」であり、日本の得意な擦り合わせが効く余地が大きいからだ。第 I 部で見た「日本が勝てる戦場の条件」に、より近い。

混同してはいけない二つの問い

ここで、記事の中で何度か触れてきた区別を、明示的に整理しておく。

問い A:日本企業は強いか

答え:特定の層で極めて強い。

信越化学、東京エレクトロン、ディスコ、アドバンテスト、レーザーテック、レゾナック、味の素——これらは世界的な競争力を持ち、高い利益率を上げている。ただし生産拠点は世界に分散しており、日本国内にあるとは限らない。

問い B:日本は有事に半導体を確保できるか

答え:不十分だが、いま買い足している。

ウェハ生産能力の世界シェアは 13.4%。先端ロジックの製造能力はほぼゼロ。だから TSMC 熊本を誘致し、マイクロン広島を支援し、キオクシアを支え、ラピダスに 2.9 兆円を投じている。

そして、10 兆円規模の補助金政策が買っているのは、問い A ではなく問い B である。

これは重要な指摘だと思う。補助金政策を「日本の半導体産業の復活」という文脈で語ると、期待と実態がずれる。TSMC 熊本が成功しても、日本企業の世界シェアは 1 ポイントも上がらない。それは失敗ではなく、そもそもそういう政策ではないからだ。

補助金が買っているのは産業ではなく、保険である。そして保険の是非は、保険料(10 兆円)とリスクの大きさ(台湾有事で半導体供給が止まった場合の経済損失)を比較して判断すべきものであって、「その保険会社は儲かっているか」で判断すべきものではない。

答え

長い道のりだったが、最初の問いに戻ろう。半導体のサプライチェーンにおいて、日本は強いのか。

規模で測れば弱い。デバイスシェアは 5.0% で、しかも低下中。世界トップ 10 に日本企業は一社もない。EDA にも設計にも前工程にも、日本は事実上存在しない。半導体産業の付加価値の大半が集まる層で、日本は蚊帳の外にいる。

だが代替不可能性で測れば、極めて強い。EUV マスク検査装置 100%、EUV 用塗布現像装置 100%、ABF フィルムほぼ独占、フォトレジスト約 9 割、シリコンウェハ約 6 割、ダイシング約 8 割。日本が 2 週間出荷を止めれば、世界の半導体生産は確実に混乱する。

そしてこの二つは矛盾しない。日本は産業の支配者ではなく、産業の必需品の供給者という位置に立っている。売上規模は大きくないが、利益率は高く、交渉力は不釣り合いに強い。

だが、ここで話を終えると危険な楽観論になる。この記事が最も強調したいのは、次の点だ。

日本の半導体における立場は、堅固な城ではなく、有効期限のついた切符に近い。

工場は資産だ。特許も資産だ。だが交渉力は、相手が「代替できない」と信じている間だけ存在する。相手が代替手段を見つければ、一夜にして消える。そして——2019 年に日本自身が証明したように——交渉力を行使することは、その交渉力を消費することと同じである。

さらに、日本は握る側であると同時に握られる側でもある。EDA を握られ、露光装置を握られ、ガリウムとレアアースを握られ、ヘリウムを握られている。2026 年 1 月 6 日、中国は日本に対するデュアルユース品目の輸出管理を強化した。日本が 2019 年に韓国にやったことが、いま日本に向けられている。

そして中国の装置国産化率は 4% から 21% へ、フォトレジストは 40% へと進んでいる。日本の陣地は、時間をかけて築かれ、そしていま、時間をかけて削られている。

この答えが 5 年後に変わるとしたら——見るべき指標 3 つ

最後に、この評価を今後アップデートしていくための観測点を 3 つ挙げておく。抽象的な議論ではなく、実際に数字で追えるものを選んだ。

指標 1:中国の装置国産化率(特に露光以外の工程)

現在 21%。この数字が 30% を超えたら、日本の装置産業のシェア低下は加速局面に入ったと判断してよい。特に注目すべきは、日本が強い工程——洗浄、塗布現像、ダイシング、研磨——での国産化率である。全体平均ではなく、工程別の数字を追う必要がある。

逆に、露光装置の国産化率が 5% を超えるようなことがあれば、それは ASML の独占が揺らぐという、より大きな地殻変動の前触れになる。

指標 2:日系装置メーカーの中国向け売上比率

ピーク時 45.0%(2024 年 4-6 月期)から、2026 年 4-6 月期には 26.3% まで低下した。この数字は二重の意味を持つ。下がり続ける場合、それは中国の国産化が進んでいる証拠であり、日本の装置産業の収益基盤が縮小していることを意味する。安全保障上のリスクは下がるが、産業としては痩せる。下げ止まる、あるいは反転する場合、中国の国産化が壁にぶつかったことを示唆する。

いずれにせよ、この比率は「日本の技術的優位が実際に何年もつか」を最も直接的に反映する数字である。

指標 3:日本の半導体人材の純増数

工場は建つ。装置は買える。人だけが買えない。

JEITA 参加 9 社だけで今後 10 年に 43,000 人が必要とされ、ラピダスや JASM はそこに含まれない。この需要に対して、大学・高専の関連学科の定員、実際の入学者数、そして他業種からの転入者数がどう推移するか。

ここが埋まらなければ、TSMC 熊本もマイクロン広島もラピダスも、箱はあるが動かせないという事態になる。10 兆円の補助金が最終的に何を生んだかは、この指標に最も強く規定される。

補遺 A この記事で使った数字についての注意

半導体産業のシェア数値を扱うとき、必ず注意しなければならない点がある。同じ「シェア」という言葉が、まったく違うものを指していることが頻繁にあるからだ。

1. 「企業の国籍」ベースか「生産地」ベースか。 「日本の材料シェアは約 48%」という数字と「日本の材料市場は 68 億ドルで世界 4 位」という数字は、前者が日本企業の売上、後者が日本国内での消費額を指している。

2. 「デバイス」か「サプライチェーン全体」か。 「日本のシェア 5.0%」はデバイス(チップそのもの)の数字であり、装置や材料は含まない。

3. 集計主体による差。 WSTS、SEMI、TrendForce、各種調査会社で、市場の定義も集計方法も異なる。たとえば OSAT の ASE のシェアは資料により 27.6% とも 44.6% とも書かれるが、これは「OSAT 市場」の定義(先端パッケージを含むか、テストを含むか)の違いによる。

4. 時点の差。 半導体は変動の激しい産業である。特に 2025 年から 2026 年にかけては AI 需要による急拡大局面にあり、WSTS の 2026 年予測も当初の 9,754 億ドルから 1.5 兆ドル超へと大幅に上方修正されている。

この記事では可能な限り出典と時点を明示するよう努めたが、上記の理由により、異なる資料の数字を単純に足したり比較したりすることには慎重であるべきである。

補遺 B 用語集

EDA Electronic Design Automation

半導体の回路を設計するためのソフトウェア群。米 Synopsys、Cadence、Siemens EDA の 3 社で市場の約 74-85% を占める。

ファブレス

自社で工場(ファブ)を持たず、設計に特化した半導体企業。NVIDIA、Apple、Qualcomm など。

ファウンドリ

他社の設計したチップの製造を受託する企業。TSMC が専業ファウンドリ市場の 71% を握る。

IDM Integrated Device Manufacturer

設計から製造まで自社で一貫して行う垂直統合型の半導体企業。かつての日本メーカーの形態。Intel、Samsung、キオクシアなど。

OSAT Outsourced Semiconductor Assembly and Test

後工程を受託する企業。台 ASE、米 Amkor、中 JCET の 3 社で約 7 割。

EUV 露光 極端紫外線

波長 13.5nm の極端紫外線を使う最先端の露光技術。装置は ASML の独占で、1 台数百億円。

フォトレジスト

光を当てると溶けやすさが変わる感光性の樹脂。露光で回路パターンを転写するために不可欠。日本 4 社で世界の約 9 割。

CMP Chemical Mechanical Polishing

化学的・機械的にウェハ表面をナノ単位で平坦化する工程。使う研磨液が CMP スラリー。

HBM High Bandwidth Memory

メモリチップを積層して広帯域を実現したメモリ。AI 向け GPU に不可欠。

ABF フィルム Ajinomoto Build-up Film

高性能 CPU のパッケージ基板に使う層間絶縁フィルム。味の素ファインテクノがほぼ独占。

PLP パネルレベルパッケージング

円形のウェハではなく角形のパネル単位で後工程を行う方式。取り数が増えるため生産効率が上がる。ラピダスが世界初の実証に挑んでいる。

成熟プロセス レガシー

28nm 以上の、最先端ではない製造プロセス。車載・産業機器・家電向けの大半がこれ。中国が集中投資している領域。

チョークポイント

サプライチェーン上の急所。そこが止まると全体が止まる箇所。

デュアルユース 両用品目

民生用途と軍事用途の両方に使える製品・技術。輸出管理の主要な対象。

主要な出典

産業構造・サプライチェーン全体

日本のシェア推移と凋落の分析

製造装置

材料

デバイス・後工程

経済安全保障・輸出管理

政策・ラピダス・国内立地

人材